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私の今日と君の見る明日~青い魔女の花咲く魔法~

作者: もんかる

 それにしたって青い。

 こうも青いのはおかしいんじゃないか。

 空の色がそのまま君になったよう。


「ちがうよ。海の色だよぅ」


 海の色って空の色じゃないのか?

 いや、海の色は海の色なのか。


「うみかみ?」

「わだつみ」

「ななせ?」

「ななせ」


 出席番号41番和田光明の次の番号が海神七瀬の番号だ。いつもなら和田が一番後ろの番号のはずなんだけど、今回はどうやらそれを上回る人材がいたらしい。最初は留年したから「う」から始まっても一番後ろの番号なのだと思っていた。当人に確認したら3秒で殴られて、8秒で真実を知った。「うみがみ」と書いて「わだつみ」と読むなんて誰が知ってるっていうんだ。ちなみに和田とは俺のことである。


「みっちーは青いの嫌い?」


 青いの嫌いとかそういうんじゃない。というか、青い髪の人なんてテレビや漫画の中でしか見たことがなかった。これが地毛だって言うなら、君の親は何人なんだ?


「日本人」

「うそつけ」

「うそじゃないもん」


 ならば珍種か。いや、人の外見の悪口は良くないか。青い髪、青い瞳に青い制服、そしてパーツのひとつひとつに対して文句の付けようのない美少女。服に関しては後天的なものだけど、ここまで青い人間なんて世界を股にかけている青いパフォーマーしか知らない。あれはある意味化け物だけど……。


「みっちーは青いの好き?」


 「好き」という単語にドキっとしてしまうのは俺がまだ高校一年のうぶな少年だからだ。きっとそうなのだ。

 6月のジメジメした風が肌に纏わりつく。彼女と出会って2ヶ月が過ぎたが、依然として彼女の青い秘密はわからないでいた。


「明日のことを占ってあげようか?」


 この一言をきっかけに俺の明日が変わったんだと思う。

 青い少女が青い髪を煌びやかになびかせて、桃色の花をその手に持つ。

 同時に青い夏と青い春が二人三脚して俺のもとへと駆け寄ってきたのを感じた。

 きっと明日は暑くなる――



挿絵(By みてみん)

『私の今日と君の見る明日~青い魔女の花咲く魔法~』




 冗談じゃない。こうもジメジメと暑いんじゃ外に出る気だってなくなる。

 冗談じゃない。ネジの飛んだ言葉なんて誰が信じるんだ。

 冗談じゃない。この現状を誰か丁寧に説明してくれ。


「明日は晴れだよ。んで、みっちーは自転車で転ぶね」


 桃色の花の花弁を一枚ずつちぎりながら七瀬は笑顔で俺にささやいた。それが昨日の出来事だなんて思いだしたくない。

 まさか本当に自転車で転ぶなんて思いもしなかったから。

 今日は暑い。さんさんと太陽が照りつけて、のんびりと海を眺めながら自転車を漕いでいた俺はカーブを曲がり切れずに土手から転げ落ちた。

 どうしようもないまぬけだ。

 いやいや、本当は外に出る気なんかなかったんだ。親のお使いで隣町まで届け物をした帰り道だった。いやいやいや、親の頼みなんて断るつもりだった。でもムリだった。どうしてかって、答えは単純明快だ。

 俺の親はとんでもなく怖いから。あれは脅しだ脅し。


「くそっ、いいことの方を占ってくれりゃいいのに……」


 自転車を立て直して、俺は土手の上を見た。


「でも私に会えたじゃん?」


 青かった。見たことのある青だった。


「君に会えて俺にメリットがあるのかな?」

「あるよ、そりゃね。明日は曇るみたいだよ」


 手には桃色の花を一輪。一枚ずつ花弁をちぎって捨てる。


「またインチキ占い師かな?」

「インチキじゃないって今日証明されたんじゃん。私は魔女なんだよ!」


 あいたたた。聞いてるだけでむずがゆくなる。


「明日はお弁当忘れないようにねー」


 その言葉を捨て台詞に、青い魔女を名乗る美少女は去って行った。

 まったく、どうかしてるぜ。



○●◎○●◎○●◎○●◎○●◎○●◎



「ごっめーん、寝坊してお弁当作れなかった!」


 親の言い分はこうだった。いや、いいんだ。毎朝作ってくれてるんだから感謝してるんだよ。ただ、今日はダメだ。今日忘れてしまったら、あの青い女の言った通りじゃないか。


「ほらね」


 というドヤ顔を見るハメになる。曇天の空と俺の気持ちがリンクした。


「ちなみに、私の髪が青いのは私が魔女だからで、この髪はみっちーにしか見えてないんだよ」

「他の人から見たら黒髪ってこと?」

「そゆこと」


 またまた冗談を。

 こんな3流マジックなんて速攻で暴いていやる。

 早速聞き込み開始だ。10人に手早くアンケートを取った。


「海神七瀬の髪の毛は青いよね?」


 回答の結果はこうだ。「黒すぎて青く見えないこともないけど青髪じゃない」が3票。「なに言ってんの、黒髪」が6票。「死ねば?」が1票。

 最後の明らかに異彩を放っている1票については触れないで思考を続けようか。

 つまり大多数の人から見れば彼女の髪の色は黒ということになった。


「ほらね」


 本日2度目のドヤ顔。曇天空模様も雨を含んだ雲ではないらしい。そこが俺の心とは違っていた。


「じゃあなんで俺にだけ青髪に見えるのさ」

「運命の人だから?」


 聞こえません、聞こえません、聞こえません。俺は彼女の色香に惑わされない強靭な心臓を持ち合わせている。持ち合わせている。持ち合わせていたい。


「動揺してる?」

「し、してない」

「私は他人の未来を見ることができる魔女なのだ」

「信じろと?」

「根拠はもう揃ってると思うけど?」

「むぅ……」


 言い返せない。悔しい。なんでリアリストな俺が夢幻の世界の話を信じなければならないんだ。それを言っているのが美少女だからか?いや、違う。すでに彼女は力を提示したからだ。だからこそ悔しい。


「明日は晴れだよ。あと、犬にご注意を」

「もうちょっと嬉しい未来を占ってくれよ」


 七瀬は桃色の花の花弁を一枚ずつちぎって捨てる。それはまるで、確定した未来を切り捨てている、いや切り捨てたがっているかのように俺には見えた。



○●◎○●◎○●◎○●◎○●◎○●◎


 晴々した良い天気だ。ただし暑すぎる。

 結局あいつの占いは当たってしまうのか。

 こうなったら七瀬の家へ行って確かめよう。

 思い立ったが吉日、俺は海岸線沿いにある大きなお屋敷に来ていた。立派な表札には『海神』と書いてある。なんか、海の神様でも住んでるかのようなオーラすら漂っている。


「なにやってんのー?」

「おわっ」


 急なトラップに思わず仰け反った。

 門の向こう側には七瀬の姿があった。


「隣の魔女宅ご案内ーって感じで……」

「魔女宅?……宅急便の方?」

「おっと、それ以上は言っちゃダメだ」

「それより何しに来たの?」

「昨日の占いで俺がお前の家に来ることはわからなかったのか?」

「私の魔法はね、花の花弁を一枚ちぎると同時に目の前の人の未来の断片が見えるものだからわかんないこともあるんだよ」


 今の説明がよくわかんない。とりあえず言えることは、映像として見てる未来ではなく、画像として見てる未来ってことか。他人の未来なんか見れるメリットあるのか?


「君自身の未来を見ればいいじゃないか」

「自分の未来は見えないんだもん」

「なんか微妙だな」

「でも他人の未来に私が映ることはあるんだよ」


 それがどうした、重要なことか?


「とりあえず上がってもいいか?」

「ダメかも」

「じゃあ帰ります」

「外でデートしよ?」


 落ち着け、落ち着け、落ち着け。これは罠なんだ。彼女の巧妙な罠に違いない。断ることも視野に入れておけよ俺。全てが彼女の思うつぼになっちゃうんだぞ。ダメだ。これ以上彼女の術中にハマってはダメなんだ!


「……よろこんで!」



○●◎○●◎○●◎○●◎○●◎○●◎


 人生においてここまでハッピーなことがあっただろうか。いや、俺のつまんない人生ではありえないイベントだ。

 デート。

 なんと重く美しい響きだろう。


「なんか顔がニヤけてるよ?」

「こ、これが地顔なんだよ」


 学校でも有数の美少女とのデートだ。いや、そもそもその美少女の家に伺ったのだから、この結果は当然といえばそうなのか?


「それで、用件を結局聞いてなかったよね?」

「あぁ、まぁ、その……な」

「なぁに?」

「気になったんだ」

「なにを?」

「お前が未来を見る理由」


 本当に聞きたいことなのかどうか、俺自身がわかっていなかった。未来を見えるという感覚なんてわかんないし、見れたらいいなと思うこともない。別に現状に満足してるし、これからどうなるかは今をどう生きるか次第なんだと思っている。


「私が明日も生きているように」

「え?」


 その言葉は、まるで夢のようなふんわりとした言葉だった。地に足が着いていないような不安定な感じだ。


「そりゃ、なにかなけりゃ死ぬことはないだろ?」

「そのなにかがあるかもしれないじゃん」


 よく理解ができなかった。その感覚がわからなかった。まだ夢を見ているようだ。彼女が目の前にいるはずなのに、どこかにもういないような……。


ワンワン!!


「え?」


ドシン!


 は?は?何が起きたわけ?いきなり?夢見心地だったから?なんで俺、犬に押し倒されて顔中を舐めまわされてるの!?


「あはははは!だから忠告したのにー」


 どうもすみませんねと飼い主に謝られたが、噛まれたわけでもないからなんとも責めづらい。

 しかし、今日は今日とて海神七瀬の占いは当たってしまったわけだ。


「今みたいなことが、もし車だったら大変だよね?」

「そりゃ、まぁ、そうだけど……」

「私は父さんを交通事故で亡くしてるの」

「まじか……」


 重い話には慣れてない。どうリアクションをとればいいのかわからなかった。


「でね、私はそのことがわかってたの。この小さな魔法でね」

「うん」

「でも止められなかった。運命を変えることができなかった……」

「うん」

「私は今日が怖いの。自分だっていつ死ぬかわかんない。明日も生きてれば、私は今日を安心して生きていけるでしょ?」


 確かにそうなのだろうけど、それは普通とは違っている。

 彼女の家まで送って行った。門から中を見ると、いつも彼女が占いの時に使っている桃色の花が凛々とたくさん生えていた。


「今日はありがとね!楽しかったよ!」

「あぁ、また明日な」

「明日はね――」


 彼女が桃色の花を取り出して、一枚ずつちぎる。


「あぁ、雨だね。あと――」


 なぜだろう。言葉が詰まっている彼女がそこにいる。


「女の子を泣かせないように気をつけてね」


 てへへと笑いながら彼女は家の中へ帰って行った。

 わかんなかった。どうして言葉に詰まったのか。

 俺の未来に彼女は映っていたのだろうか……。

 それとも、俺の未来はもうなくなってしまったのだろうか……。



○●◎○●◎○●◎○●◎○●◎○●◎


 あぁ、雨だ。

 透明のビニール傘を開いて学校まで行くが、カバンやズボンがびしょ濡れになってしまうほどの風と雨である。

 べとべとして気持ち悪い。


「みっちー、どうしよう……」


 朝。登校中。道路の真ん中に立ちつくすひとつの影。彼女は傘も差さないで歩いてきた俺をただひたすらに見ていた。びしょびしょに濡れた青い髪が艶やかではあるが、寂しさを漂わせている。

 虚ろな目は空を見上げる。


「未来が……見えなくなっちゃった……」


 泣いているんだ。雨でわからないけど、彼女は泣いている。

 彼女の左手にはいつもの桃色の花がぐちゃっとなった状態で握られていた。ところどころ花弁もちぎられている。

 俺は彼女に近づきビニール傘で彼女を雨から守ろうとしたが、特に意味は成さなかった。それを上回る豪雨である。


「空、青くないね」


 ビニール傘を通して見える空は、暗い灰色に奪われた空だ。


「見えないのが、怖いのか?」


 当たり前のことを聞く。答えなんてわかっていた。それでも、俺は確認したかった。


「怖いよ。怖いにきまってるじゃん……」


 雨の音で消え入りそうな声。


「よし、落ち着いて聞け。これから俺はお前にひどいことを言うぞ」


 この前置きに意味はあるのだろうか。自分の中で何を言うかなんてまだ全然決まってないのに、俺は堪え切れない口を開いていた。


「未来がどうした?必要かそれが。生きることへのスリリングを忘れた奴がどうやって人生を楽しむっていうんだ?お前が生きているのは未来なのか?違うだろう。『今』『ココ』にお前は生きてるんだろう、違うか?占いとか魔法とか俺にはよくわかんねぇよ。でもな、今を一生懸命生きない奴に未来なんてこないってことくらいわかってるつもりだ。明日生きてることをわかってるから安心して今日が生きれるだ?甘ったれたこと言ってんじゃねぇよ。じゃあ今日という日はなんのためにあるんだよ。明日生きるためだけの今日なのか?違うだろう?明日だけじゃないはずなんだ。今日っていうのは明日の昨日、明後日の一昨日、一年後の一年前だ。未来は明日だけじゃない。明日のためだけに生きる今なんて、健康体であるお前がすることじゃない!」


 ぜぇぜぇと息が切れる。

 俺はいったい何を喋っているのだろう。自分でも言っていることがよくわかんない。感情のまま、思ったままを言葉にした。それが、きっと彼女を傷つける。わかっている。でも言いたくてしょうがなかった。


「明日が見えるから安心しちゃうっていうのなら、最初から見えない俺たちは何にすがって生きればいいと思う?こんなものは魔法でもなんでもない。見えない方がマシだ!本当は……本当はお前だって決まった運命が嫌だって思ってるんだろ!?」

「うん……」


 海神七瀬は小さく頷いた。


「私は怖いの」

「知ってる、怖いことはいけないことじゃない。誰だって怖いんだから」

「私は生きたい」

「大抵の人はそう思ってる」

「そっか、そうだよね……」


 今度は大きく頷いて、空を見上げた。

 しっとりとした青い髪に光が差す。

 ビニール傘越しには青い空が垣間見えた。


「できすぎだろ」


 このタイミングで晴れるなんてどんな魔法だよ。


「みっちーこれ見て」


 さっきまでぐちゃっとなっていた桃色の花が綺麗に咲いていた。


「新しい魔法かも」

「花が元気になる魔法か?」

「うん!」


 なんて些細な魔法だろう。それなのに、未来が見えるなんてのよりもずっとメルヘンでロマンチックで可愛らしい魔法じゃないか。

 桃色の花と同様に、七瀬の顔にも笑顔が咲いていた。

 青い魔女の笑顔は、俺の心に花を咲かせた。

 梅雨明けは近いのかもしれない。


挿絵(By みてみん)


end

この企画を見た時に思い浮かんだものを書けたと思っています。

最後まで読んでくださいまして、ありがとうございました。

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