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能ある鬼嫁は角を

掲載日:2026/05/09

挿絵(By みてみん)


「はあ? なにこれ?」


毎朝覗き込んでいるドレッサーのミラーに映る自分、鬼頭燈(きとうあかり)の顔をまじまじと見る。

顔、というか(ひたい)


ミラーには常日頃から見慣れた京顔(きょうがん)が映っている。

黒目がちでありながら、涼しげな目元。スッと通った鼻筋。

黒髪パッツン、サイドの髪は顎あたりで切りそろえられ、烏の濡れ羽色のストレートのロングヘア。所謂姫カットと呼ばれるヘアスタイルが今日も似合ってるのだが。

そこに(ひたい)からは見慣れぬ(つの)のようなもの、というか角そのものがにょっきりと。


ミラーに映った眉目秀麗な顔面が歪む。


「えー、式控えてんのに」


燈は酷くリアリストであった。

角が生えて?きた問題でなく、生えたことによるデメリットをすぐに計算し始める脳の持ち主なのだ。


「てか、これ前髪で隠れる?」


手で前髪をすいて角を隠そうと試みるも、癖のない前髪は角のあたりでパカッと分かたれる。

数秒試みて無駄とわかると、毎朝のルーティーン通りに化粧を施し始めた。

すぐに解決しないことに時間を割くのは無駄なのである。

タイム イズ マネー。コスパ大事。


「会社休む?」


片手で器用にアイラインを引きながら、スマートフォンで本日の業務スケジュールを確認する。

有給休暇は唸るほど残ってるはず、と言うか代休も溜まっている。

外注への指示だしと、クライアントとのミーティングが入ってる。無理、出社必須。

今時のベンチャー企業の癖に、フルリモートではないのだ。


「帽子で隠れるかなあ?」


最後の悪あがきにと、普段は被りもしないキャップをクローゼットから引き摺り出して被って、いざ出社。

始業は9時から。労働戦士にたたらを踏む暇はない。


ーーー


オフィスにキャップを目深に被って出社まではよかった。


「鬼頭さん、室内は帽子NG~」


デスクに座ろうとした瞬間、速攻で上司にキャップを奪われる。

ベンチャー企業故のサークル乗りというか、距離感の近さと言うか、四の五の言わず取ったよこの女。


とっさにおでこを隠しながら伺いみると、美人年上マネージャーと至近距離で視線が交錯する。


「ニキビできたとか? 綺麗なもんだけど」

「……」


とっさに隠したとはいえ、手で隠れない程度のサイズの角なはず。

なんせ、角は三寸、人差し指の長さほどもある。


(周りには見えてない? 私だけに見えてる?)


角は自分の妄想か、はたまた統合失調症かと思い俄かに慄然とする。


(マリッジブルーで妄想見てるとか? こんなにはっきりあるのに)


思わず、自分の手で角をさすって確認する。

触覚は驚くほどの立体感と現実感をもたらしてくる。


悶々とするも、誰も気にする様子もないのでつい業務を滞りなく行ってしまう。

悲しき労働戦士の性である。


ーーー


「あかり~、どした? 朝、お局に絡まれてたけど。前髪上手く決まらなかったとか?」


昼休憩の時間になり、燈のデスクにゆるふわ女子社員が顔を出した。

明るめのブラウンヘアーは完璧な曲線を描いて巻かれている。柔らかなテクスチャの薄桃色のサマーセーターにオフホワイトのスカート。

手には愛らしいギンガムチェックのランチクロスに包まれた小さなランチボックス。

毎度思うが、そんな少量の糧でよく終業まで保つものだ。燈の脳味噌稼働率だと2時間ぐらいでエネルギー切れを起こすだろう。


「ではなく」


すげなく返しながら、燈もバッグからコンビニで買ったランチを取りだす。

誇張でなくランチボックスより4倍の重量があるであろう。


「デスクじゃあれだし、ランチルーム移動しよ」


令和のゆるふわ女子は気遣いも完璧なので、チームメイトに話が漏れないように移動してくれる。

本当、見た目だけゆるふわであって、中身がクールな所に好感が持てる。

持つべきはデキるオフィスフレンドである。


「田中何某(なにがし)と喧嘩したとか? 結婚式前だよ、大丈夫?」

ゆるふわ女子こと朋子(ともこ)は、ランチボックスのサラダをフォークでつつきながら興味なさげに言ってくる。

ただでさえ内容量少ないんだから、もっと炭水化物とかタンパク質入れろよ、と横目で見ながら思う。

サラダとサンドウィッチって葉っぱばっかじゃないか。日本人なんだからもっと米を食えよ。米を。

私は終業までにお腹が空かないように、ワーキングデーは男飯シリーズと決めている。


「そーゆーんじゃないよ」


田中は燈の彼氏の田中優(たなかゆう)のことである。

田中優は名は体を表すを地で行く優男である。

優男とは言っても、色気があるとかでなく、地味で細めで所謂最近の男子と言う感じ。

昨今死語かもしれないが、草食系男子通り越して絶食系男子かというくらいガツガツしてない。保護しないと絶滅しちゃうかも。

強気で実際に強い燈と一緒にいてくれる位、燈に合わせてくれる優しい人間。

喧嘩などしたこともない。それは燈が出来た人間というわけでなく、喧嘩になりそうな時、田中優が一歩引いたり、やんわりと諭してくれたりとしてくれるから。


「せっかく鬼じゃなくなるんだからさ。そんなにツンツンしてると角生えちゃうぞ」

「ぐふっぅ⁉」


朋子が冗談めかした感じで、フォークを燈の方に向けてくる。

そのものずばり過ぎて、極大唐揚げを噛まずに飲み込んで死にそうになる。

黒烏龍茶を喉に流し込んで事なきを得る。

トクホで男飯のカロリーを相殺してくれる上に、私の命まで助けてくれてありがとう黒烏龍茶。愛してる。


友が生死の境を彷徨ったというのに、ゆるふわ女子が半目で呆れたように見てくる。


「何? (おに)鬼頭(きとう)先輩って後輩に言われてんの気にしてんの?」

「初耳なんだが……。どうせ、牛尾あたりが言ってんでしょ」


脳裏に陰気で前髪の長いプログラマーの姿が浮かぶ。


「あいつだって(つの)生えた苗字してんじゃん」


牛の癖に何言ってんだあいつ。


「角あり同士仲良くすればいいのに」

「むーりー」


ダラダラ仕事する奴は嫌いだ。

好き嫌いがはっきりしている自分はなぁなぁに仲良くなどできない。

というか、ここは職場であって仲良しごっこしに来てるんじゃないんだっつーの。


「あかりに悪気はないのはわかるよ? ただ仕事熱心過ぎというか。周りはそこまで熱心になれてないというか」


「給料もらっている以上、最善を尽くすのは普通のことだよ」


「そーゆーとこなんだよなー」


朋子は天井を仰ぎながら野菜ジュースのパックをじゅごご……と飲み干した。


朋子を横目に見ながらおでこをさする。やはりある。

しかしこの至近距離で話しながらも角に何も突っ込んで来ないのを見ると、自分にしか見えてないようだ。

仕事のし過ぎでノイローゼにでもなったのだろうか。


心療内科の文字が脳裏にチラついたが、自分とは関わりが無さ過ぎるし、行きたくない。

行く時間があったら、仕事を少しでも進めたい。

燈とはそういう人間であった。


ーーー


クライアントとの打ち合わせ後、議事録を先方に送ったところでスマートフォンが震える。

優君からだ。


✉「ウェディングの打ち合わせ、19時に表参道のいつものカフェでいい?」


てってっシュポッ


手早く「OK」のスタンプを返す。


愛想のない黒猫がOKマークに乗っている。燈の気に入りのスタンプだ。

ツリ目で黒くて愛想が無くて、滅多に懐かない。自分みたいで勝手に共感(シンパシー)を感じている。


タスクバーの時計を確認するともういい時間だった。

就業時間はクリアしている。


「お先失礼しまーす」


パラパラと返ってくる「お疲れ様です」の言葉を背中で聞きながら、足早にオフィスを後にした。


ーーー


カフェに入ると、優が軽く手を挙げて燈を呼ぶ。


色を抜いた訳でもない、元来色素が薄いのだろう柔らかな髪色。

天パと言うほどくるくるではないが、緩くウェーブがかった髪質は天然のものだ。

金縁の丸眼鏡が今日も似合っている。


彼氏に応えるように燈も軽く手をあげると、彼の席へと歩を進める。


カフェは落ち着いた雰囲気だ。

暖色のライティングがほっとした空間を演出してくれる。

コテ塗りで仕上げられた白い壁が、暖色の光に優しく照らされてより暖かみある空間に感じる。

ふんだんに飾られている観葉植物は、都心だからこそ見る機会が少なく、逆に新鮮だ。


インテリアコーディネーターである優が手がけた気に入りのカフェである。


温かくほっとする空間は優そのものを思わせる。

仕事は手がけた人間の人となりをも反映するものなのか、と来るたび燈は思っている。


「式、やっぱり神前式にしたい」


頼んだアイリッシュコーヒーが届くのも待たず、開口一番に言う。

せっかちなのではない、無駄なことが嫌いなのだ。


「急にどうしたの? 燈、ウェディングが良いって言ってたじゃん。絶対、和装の綿帽子や角隠(つのかく)しやだって」


急な予定変更にも嫌な顔一つせず、やんわりと返してくる。

うちの彼氏、やっぱ世界一優しいな。


「やっぱ角隠したいの」

「へえ~?」


砂時計が蒸らし終わりの時を告げ、優はゆったりとハーブティーの入ったガラスのポットからティーカップに注ぐ。

今日のハーブティーはリンデンにしたらしい。淡い黄みがかった液体から蜂蜜にも似た香りと爽やかな草の香りが鼻腔をくすぐる。


「おばあ様の言ってること気にしてるの?」


”あんたみたいなじゃじゃ馬、角隠したぐらいで丁度いいのよ”

燈の祖母の台詞が脳裏に蘇る。

年始に母の付き添いで帰郷し、結婚を考えてると話したときに言われたのだ。

自分こそ丙午(ひのえうま)を体現したような苛烈なご婦人だってのに、失礼ちゃう、と口に戸を立てられない燈は即日優に通話して愚痴っていた。


「まあ、なくはない……」


気まずくて、ズズッとアイリッシュコーヒーをすする。

独立独歩を心掛けている燈としては、誰かに言われたからと言って旗色を変える軟弱者と思われるのは癪ではある。

かと言って、朝から角が生えて、気まずいから隠したいとは話せない。

婚約者(フィアンセ)が結婚前に気が触れているとか、ゆーくん可哀想すぎやしないか?


「僕は、そのままの燈が好きだよ」


角が生えてても? という言葉はコーヒーと一緒に飲み込んだ。

コーヒーの苦さとウィスキー独特のアルコールの苦さが、今日はやけに際立って感じる。


「真面目で、誠実で、嘘が嫌いで、はっきり物をいう君が」


燈の目をきちんと見ながら、伝えてくれる。


「僕は優柔不断だから、そんな君が羨ましいよ」


最後は照れたように顔をクシャっとさせて笑う。

優は草食系っぽいが、言うべきことはちゃんと伝えてくれる。そこらの軟弱系とは違うのだ。


「ゆーくんは優しいんだよ」


だから好きなんだよ。


燈が祖母の言ったことに従って和装に変えようとしてると思い、燈が後悔しないように、燈の意に沿おうと助言してくれる。

本当に世界一優しい私の彼氏。


ーーー


角隠し(つのかくし)」という風習を知った時、絶対に嫌だと思った。


--花嫁が嫁入りするにあたり、怒りを表す角を隠すことで、夫に尽くすおしとやかな妻になることを示します--


そんなの男側にとって”都合がいい女”ってことじゃん。自分はごめんだね。


子供のころから”はねっかえり”と言われてた。

田舎のばあちゃんには「丙午の女」と揶揄されたり(自分もな癖に)。

そんな迷信めいたこと言ってるから田舎者なんだよ。と内心独り言ちていた。

軽蔑にも近い想いを抱いていたことは否めない。

夏休みの盆や、冬休みの暮れに田舎に連れられる度に言われては、どんどん母の実家が嫌いになっていったものだ。


「丙午の女」も「角隠し」も。

私はそんなの信じない。


高校生になる頃には、やれ部活だ、受験勉強だの言って、母の帰省に付いていくのを断るようになっていった。

とはいえ、やはり節目でどうしてもと言われて、大学入学後や卒業時に挨拶に連れていかれた。


年頃になり、女性らしくなっていく燈を見て、祖母は耳に蛸の呪詛を唱えてくるのだ。


「おめえみてえな跳ねっ返り娘に、嫁の貰い手はあんのかね。結婚式は神前式にしてせいぜい角隠しで、そのつんけんした鬼の性隠しときな」

「うちの女系家族は代々、神前式だかんな。それ以外は認めねえ」


祖母が嫌いだった。


言われる度に

『私は生まれも育ちも東京の女で。結婚しても仕事を辞める気はない。「家」に入る気はない。』

と心に決めて、その決意は固いものになっていった。


角隠しなんて絶対被りたくない。祖母の言いなりになるようで絶対嫌だったのに。


こうやって実際に角が生えてきちゃ、角隠しの方がいいのだろうか?

自分しか見えてないとはいえ、心理的に傾きかけていた……その時、はたと気づく。


「うちは代々、神前式……?」


祖母の 呪詛(ことば)が頭に(よぎ)る。


何かが引っかかる、気になる。

燈は自分の感は信じる方であった。

そして、気になることは確かめなければ気が済まない。


善は急げ。鉄は熱いうちに打て。自分の感が行動を後押しする。


ゆーくんとのカフェ(デート)の帰り道、ジャケットからスマートフォンを取り出すと手早く母親にビデオ通話をかける。

何回目かのコールの後、画面に懐かしい顔が現れた。

釣り目でやや般若顔の燈とは違う、幸福さがにじみ出るお多福顔(たふくがお)の母。

本当に自分はこの女性(ひと)から産まれたんだろうか?


「燈~、そろそろ連絡来る頃かと思っとったわ」


ゆったりとした穏やかな声音。


「ママ、これ見える?」


都内の夜は明るい。とは言え、こちらの様子がちゃんと映っているかどうか。幾何(いくばく)か心配しつつ、インカメラで自分がよく映るように画角を調整する。


お多福顔の中の半月の目が更に笑みの形に弧を描いた。


「よ~見えるよ。懐かしいわ~」


(やっぱり……!)


母にも視えている。

額ににょっきりと生えた角。


自分にしか視えない角。

ノイローゼか精神を病んで自分にしか見えない妄想ではないとしたら。


まずはオカルト路線。

自分は心霊の類など信じない。今まで霊の類など見たことも感じたこともない。

ので、オカルト路線は棄却。


次に、他に視える者がいるとしたら誰かと燈は仮説を立てた。


候補としては、「同じ経験をした者」ではと。


そうすると、以前から口酸っぱく「代々、神前式」と言っていた祖母が思い返され。

そして、柔和で祖母の言うことを「はいはい」と聞く母も当然神前式であったはずと思い至ったのだ。


「これどうしたら取れるの? ママにも生えてた?」


額の角を指さしながら問うてみる。


「あんたの程大きくなかったけどね。ちっちゃいの生えたわ。父さんとお見合いした後だったかな」


コロコロコロと毬が転がるように笑う。アラカンとは思えない少女のような笑い方だった。

そうだった。毒気がない、少女のような女性。それが自分の母だと、対面する度に、特に自分が大人になってから自分との差が大きすぎて毎回意識してしまう。


母が画面越しに人差し指と親指で表したサイズは指の第一関節程度だった。

指の第一関節など、こぶ程度ではないか、可愛いもんだ。


インカメラに映る自分の角(カメラ越しにも視える)は人差し指丸々分の長さである。

母親サイズのような可愛いものではない。


我が強くない方が若しかして角が小さかったり?

エビデンスというか比較対象が少な過ぎてわからないが。


母が言葉を続ける。


「うちの女系家族にしか見えんかったから。姉と妹、母さんには見えてたかな。不思議と、嫁入り前は見えなくてね。私の妹の方が先にお嫁にいったけんね。『お姉ちゃんもいっちょまえになったな』なんて言われてねえ」


母さんと言うのは燈にとっての祖母だ。口うるさい呪詛婆(じゅそばばあ)

燈の母が昔を懐かしむように、微笑む瞳がふっと遠くを見やる。


「母さんに神前式で角隠し被っとったら治る、言われてーー」


若かりし頃の母にも角は生えたらしい。

やはり不思議と婿(燈の父)には視えてなかったようだ。

母としては半信半疑。でも、自分の母親も姉妹も視えていて。口を揃えて「角隠しを被れば治る」と言うから従ったのだという。


「ーー本当に角隠し被って、式が終わったら。誰にも視えんくなってた」


何故か少し寂し気な表情でおでこをさする母を見ながら、釣られるように自分のおでこに手をやってしまう。


さすりさすり。

ツルッとしていて、象牙質と翡翠の間のような。芯を感じるから骨感もある。

私の角。


「ほんで」


聞きなじみのある柔和な声が耳朶に優しく響く。


「あんたはどうしたいの?」


燈が小さな時から変わらない優しい声。

突き放すでもなく、押し付けるでもなく。


昔っから、癇が強く、我が強く、負けん気も強かった燈を咎めるでもなく、諭すように。

頑なな心の戸にそっと問いかけるような優しい母の声。


「どうしたいって」


思ったより自分の声が裏返ったように聞こえる。

迷子になった子供のようなイントネーション。自分の声に戸惑いを感じる。


(そりゃあ、角なんてなくし)


(たいの?)


(本当に?)


泡沫のような思考は声にはならずに脳内に浮かんでは消える。

現状にリアクションしていただけで、自分ではどうしたいのかと改めて問われると。


「私は燈のはねっかえりのところも含めてあんただと思っとったよ」


半月目がカメラ越しにじっと燈の目を見つめる。


「イヤイヤ期も反抗期もすごくて」


昔のことを思い出すかのように、苦笑が口元を彩る。

その節は本当に申し訳ない。自覚があるぐらいは確かに跳ねっ返りだったかもしれない。


「でも、真っすぐで 曲がったことが嫌いで」

自分に言い聞かすように、母はうんうんと頷く。


「言い出したことは有言実行」


(ゆーくんと似たこと言うじゃん)

燈のことを好きな人間は、ちゃんと燈の本質を見てくれている。

(ひょうめんじょう)なんかじゃなくて。


少し誇らしげに笑う母が眩しく感じる。


「私の自慢の娘」


「ママ……!」


自分は宇宙でトップクラスの果報者だと思う。

優しくて自分を丸ごと受け入れてくれるママと彼氏がいるとか最強では。


母が伏し目がちに続ける。


「私は長いもんに巻かれるっちゅうか。もともと家が好きなタイプだから」


小さい頃から一緒にいてくれた母。


「奥様、で良かったけど」


確かに、学校から帰ったらいつも「おかえり」と言ってくれていた。

細々とした家事や祖父母の世話も嫌な顔一つせずにしてくれていた母。


「燈は、家の中で大切にされてたら、淀むっちゃろ」


「お 外様(とのさま) 、やからね」


帰郷した際に、祖母が「女に教養は要らない」だの「大学など金の無駄」と歯に衣着せず言っていたのを「まあまあ」「時代が違うけんね~」とふすまの向こうで宥めすかしてくれていたのを思い出して、少し目頭が熱くなった。


「ちょっと考える」


「うん。ゆー君とちゃんと相談しい。そのまんまのあんたが好きっちゅう得難い人やよ」


もちろん母さんも大好きよ、と言ってくれる。


「ありがとママ。私も愛してるよ」


潤んだ瞳は夜がいいこと隠してくれてると思うことにした。

いい年して恥ずかしい、とかよりも自分の単に涙は見せたくなかった。

バイバイと手を振ると小さく振り返してくれる。


通話終了。

Q.E.D.証明終わり。

仮説検証結果は上々だった。


で、終わりではない。次の一手も緩めない。


先ほどまで海程広く深い慈愛に満ちた実母を映し出していたスマートフォンの宛名を 許婚 (いいなづけ) 殿に変える。


ペペペペッとフリック機能で素早くメッセージを送る。


「やっぱ〇〇〇〇〇がいい!(><)二転三転してごめん」


謝ったら負けと思っている燈が滅多に使わない「ごめんねスタンプ」などを送ってみる。

黒猫がバツが悪そうな表情をしている。

数秒後。


ポコッ


ゆーくんから、ゆるふわアルパカがサムズアップしているOKスタンプが返ってきたのであった。



----


結婚式当日


窓から差し込む光が白々と輝いている。

鏡の前に立つと、見慣れたはずの自分の顔が、ほんの少しだけ他人のように見える。

メイクさんが腕によりをかけてくれたのだろう。

白磁の肌に唇に塗られた紅色がひと際鮮やかに見える。

額に目をやり、満足げに頷く。

「これで良かったんだ」

口に出して言うと、ことさら腑に落ちる。

私はこれでよかった。

「燈、みんなが待ってるよ」

「うん、今行く」


優の差し出した手を握り返して立ち上がる。


コツコツコツと() () () を鳴らして扉に近づく。

観音開きの重い扉を会場スタッフが開けてくれた。


わぁっ、と歓声が上がる。

優と燈の挙式に参列してくれた人たちの破顔した表情に、自分たちが祝福されているのだと、じわじわと実感が湧いてくる。


見慣れた友人や職場の同僚の中、親族たちの姿も認めた。

その中には、燈の苦手な祖母の姿も。


祖母の苦虫を嚙み潰したような顔に胸がスッとすく思いがした。


散々、神前式をゴリ押ししてきた祖母の意見を一蹴し。

燈は()()()()()()()()()()()()()()()()()()に決めたのだった。


祖母の額をちらりと視ると。今ならわかる。


(なんだ、ばーちゃんも角ちょっと残っちゃってんじゃん)


母の額はツルリと綺麗なものだが。

祖母の額は2つの小さな瘤のような角が見て取れる。

恐らく、鬼頭家の女以外には見えない代物。


あれだけ、ヅケヅケ物言うBBAなんだから、よっぽど立派な角が生えていたのだろう。

結局、角隠しで小さくなったものの。完全には無くならなかったらしい。


角隠しの神前式でないことにご立腹なのか、それこそ祝いの席に似合わぬ般若の相貌だ。

燈は一瞥してから、内心舌を出した。


(鬼婆。呼んだだけでもありがたいと思えよ)


祖母の呪詛は無視した。

当然、控室の鏡には自分の立派な鬼の角が映っていた。

それでもいい。

誰かに言われて(じぶん) を折る位だったら。鬼の角と一緒に生きていってやる。

そのほうがよっぽど自分らしいではないか。


白のタキシード姿の優が眩しいものでも見るように燈を見やる。


「燈、綺麗だよ」

「うん、知ってる!」

優の頬に口づけをすると、観客からさらに歓声が沸いた。


Happy Wedding❣



挿絵(By みてみん)

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