車を求めて
「あの、お邪魔します。どなたかいませんか?」
このかは一応挨拶をして工場の中に入る。工場の中は機械と血の匂いが酷く、今にも倒れてしまいそうだった。
「うっ、ここにまだ残ってる人なんているのかな?ここが唯一の頼みの綱なのに。」
このかは工場の中を探してまだ生存している人を探す。工場内にもいくつかの死体があり、ここも既にゾンビに襲われていた。果たしてこんな場所に人がまだ残っているのか。
このかは窓を開けて部屋の換気をしながら辺りを見渡す。このかの目的は工場内にいる人から車を貰うことだった。
旅に出るには車がいる。しかし、バイトしながら一人暮らしをするだけでも精一杯のこのかが車など持っている訳がなかった。
そんなこのかが当てにできる場所はお父さんの勤務先でもある溶接工場だった。お父さんや職場の人であれば車を譲ってくれる可能性があった。
「はあ、早くみんなに会いに行きたいのにどうしよう。とりあえず安全そうな場所にでも向かおうかな。」
そもそも避難所に隠れずにこんな危険な場所に人がいるのかも怪しいが車を手に入れるためにはこうするしかなかった。このかは唯一の思い当たる場所へ足を運ぶことにした。
最終的に北海道まで向かう都合上、車は必須な上、六人で乗る都合上かなり大きい車である必要があった。このかは車の免許を持っていないがもはや世界がこの惨状な為、関係なかった。
『グァァァァ』
「はあ、まだゾンビがいるんだ。なんか多いなあ。」
このかは顔見知りのゾンビを容赦なくバールで叩き潰す。ゾンビとはいえ知り合いを殺すのはやはり心苦しい。しかしこれも生きる上で仕方のないことだ。
このかはこの町で既に数百体のゾンビを始末してきた。最初こそ殺すのに戸惑っていたが動きが鈍く体の脆いゾンビは慣れればそこまで難しいものではなかった。これも全てお姉さんがくれたバールのおかげだ。
「ふぅ、これでとりあえずは片付いたかな。って誰だろう?」
このかが周りのゾンビを全て倒し終わるとゴソゴソと何か物音がする。まだゾンビがいないか警戒しながら確認して見るとそこにはまだゾンビになっていない人がいた。気になって近づいてみることにした。
「ひい、来ないでくれ!命だけはどうか。」
このかが近づくと一人の男性はそう言って大きな声で叫んでいた。この男性はこのかもよく知る人物だった。ここでこの人に会えたのは幸運だ。
「落ち着いてください中村さん。私は敵では無いですよ。」
「こ、このかちゃん?何で君がこんな所に。」
中村さんは震えながらこのかを見つめる。中村さんはお父さんの知り合いでこのかも偶に会うことがあった。とりあえず知り合いに会えたことに安堵する。
「今日はお願いがあってここに来たんです。聞いてくれますか?」
「ああ、とりあえずここはまだゾンビがいるかもしれない。一旦安全な場所に移そうじゃないか。」
中村さんはそう言うと震えながらどこかへと向かっていった。中村さんについて行きながら辺りを見渡すが既にゾンビも人も見当たらなかった。
中村さんは工場の奥にあるドアを開きマンホールの様なものをどかした。するとそこには大きな空洞があり中はシェルターの様な場所になっていた。
「さあ、ここなら比較的安全だ。早くこの中に入ってくれ。」
「分かりました。まさかこの工場にこんな所があるとは。」
このかは工場の中にあるシェルターの様な場所に入った。中はかなり大きな空洞で水や食料がたくさんあった。しかしこのかと中村さん以外に人はおらず嫌な予感がした。
「このかちゃん、さっきは助かったよ。今日はどうしてここに?やはり貴史のことが心配で来たのかい。」
中村さんの質問にこのかは無言で頷く。貴史とはお父さんの名前だった。ここに来た理由は車を貰うだけでなくお父さんに会う為でもあった。
「・・・でもこのシェルターに誰もいないということは。」
このかは泣きそうな顔の中村さんをじっと見つめる。工場の中にいたゾンビの数と血の匂いで何となく分かってはいた。
「ああ、既にこの工場内の人は私以外みんな死んだよ。」
「・・・っ。やはりですか。」
中村さんのその言葉にこのかは唇を強く噛み締めた。今のこのかには重い後悔が付き纏っていた。
「お父さん!この大きな機械は何?さっきからすごい大きな音が鳴ってるよ?」
このかは大きな機械に興味深々で触ろうとするがお父さんに止められてしまう。
「コラ、このかにはまだ早いから近づいたらダメだよ。」
このかのお父さんはモジャモジャの茶髪でメガネをかけていつも優しい表情だった。小さい頃のこのかはよくお父さんの職場に行ってはお父さんの働いているところを間近で見て楽しんでいた。
お母さんにはよく止められていたがお父さんが許してくれていた。
「ねえ、お父さん。お父さんの仕事って何だか地味じゃない?」
「ははっ、このかってば面白い事を言うね。何でそう思ったんだい?」
そう言って優しく笑うお父さんに対してこのかは淡々と答える。
「だって、さっきから鉄を叩いてるだけじゃん。それに完成品してもお父さん達は褒められないもん。」
溶接は確かに技術の問われるすごい仕事だったが幼い頃のこのかには地味に見えた。
お父さんの仕事は裏の仕事で結局はそれを売る店の方が目立ってしまう。このかにはそれが悔しくて仕方なかった。お父さんはこんなにも頑張っているのに結局何の話題にもなりはしない。
「ははっ、そんな事ないさ。ウチの工場は丁寧だって店からの評判もいいしちゃんと評価されてるさ。それにさ。」
『この世に役に立たない事はない。』それはお父さんの口癖だった。それはこのかがずっと大切に思っていることでもある。ただ幼い頃のこのかにはその意味があまり分からなかった。
「でもやっぱりお店の方ばかりが目立っているの納得いかないもん!もっと堂々とお父さんが作りましたって旗とか立てればいいのに。」
「ははっ、このかは面白いなあ。そうだ、それならこのかが大人になったら僕が作ったものをこのかのお店で売ってくれよ。そしてこのかが僕を有名にするんだ。」
そう言って優しく笑うお父さんさんが好きだった。優しくて偶にカッコいい自慢のお父さんだった。しかし、そんな憧れの気持ちもしばらくの間薄れてしまっていた。
「なあこのか、今日は帰るのが早かったな。偶にはみんなでご飯を食べないか?」
「いちいち話しかけてこないでよ。今勉強で忙しいから。」
いつもと変わらず優しく微笑むお父さんをこのかは冷たくあしらった。お父さんのことを憧れに思っていたこのかも時間が経ちすっかり反抗期になってしまった。
別にお父さんやお母さんの事を本気で嫌っていた訳ではない。ただずっと話しかけてくる二人が鬱陶しくて一人にして欲しかっただけだ。
そしてこのかは結局お父さんとあまり話さないまま家を出た。どうせまたいつか会えるからいい。そう思っていたのにまさかこんなことになるなんて。
お母さんとだってそうだ。結局やりたいことも出来ず言いたいことも言えなかった。
「こんなことならもっとお父さんと会っておけば良かった。もっと話しておけば良かった。」
このかは自分の行いを深く悔やんだ。もう、後悔なんてしたくない。
このかはそっと涙を流しながら一人で虚しく呟いた。
「どうだい、落ち着いたかな?」
「はい、すみません少し取り乱してしまいました。」
このかはそう言ってティッシュで涙を拭いて中村さんに向き合った。悲しい気持ちを抑えて早速本題に入ることにした。
「それでこのかちゃんのお願いと言うのは?」
「それが車を一台貸して欲しいんです。出来るだけ大きいいのを。」
このはそう言って頭を深く下げた。六人が乗れるほどの車も工場にならあるはずだ。
中村さんは少し困惑しながらも優しく接してくれる。
「そういうことなら私の車を使いなさい。かなり大きいし旅をするにはもってこいだ。それとここの食料も持っていくといい。」
中村さんはそう言ってこのかに車の鍵を渡した。どうやら旅をするというのもバレているらしい。
「食料を持っていけって、中村さんはどうするつもりなんですか?」
「ああ、もうここから出るつもりはないさ。何故なら私は既に・・・」
中村さんはそう言って裾を捲って右腕を見せる。そこにはゾンビに噛まれた跡があった。
「中村さんそれって。」
「ああ、私はもうすぐおしまいだ。ただ最後に君と話せて良かったよ。どうか、このかちゃんは生きてくれ。」
ゾンビに噛まれた人は体にウイルスが入り感染する。つまり中村さんは既に手遅れだった。このかは中村さんに貰った鍵を強く握りしめる。
「・・・分かりました。お父さんと中村さんの死は無駄にはしません。どうか、安らかに眠ってください。」
「ああ、人を殺す前に死ねるなら本望だ。一思いに頼むよ。」
このかは目を瞑って思いっきりバールを振り下ろした。こんな世界間違っている。生暖かい血が肌に触れて苦しくなる。
「ありがとうございました、中村さん。」
このかは目を瞑ったままシェルターを出て急いで車が止まっている場所へ向かった。
もちろん途中で現れるゾンビは全て殲滅する。これ以上被害者を増やさないためにも。
「これが中村さんの車。思ったより大きいしこれなら。」
駐車場に向かうとそこには大きな車があり、このかはとりあえず乗ってみることにした。
「うん、いい感じ。これなら多分運転も出来そうだし早速。」
このかがそう言って車を運転しようとしている時、駐車場には一人のゾンビがいた。モジャモジャの髪にメガネをかけているゾンビだった。
『ヴォアヴァ』
「ああ、まだ残っていたんだ。今楽にしてあげるね。」
このかはそう言ってバールをゾンビめがけて振り下ろす。
この年になってずっと言えなかったこと。本当はちゃんと伝えたかったこと。それを全て今ここに伝える。
「ありがとうお父さん。お父さんはずっと私の憧れだよ。」
このかはそう呟いてゾンビの頭をバールで潰した。その血飛沫がこのかに飛び散るがその血はとても冷たかった。
苦しい。なんで自分がこんな目に遭わないといけないか分からなかった。それでも前を向いて歩いて行かないといけない。
このかはそう言って自分に言い聞かせながら車を運転する。お父さんはゾンビになっても優しそうな顔をしていた。
「ありがとう。それじゃあね、お父さんと中村さん。」
このかは優しく呟いてこの工場を後にした。辛く苦しい思い出になったが悔いはなかった。言いたかったことを言えたから。
「よし、それじゃあ車も手に入れたことだし次は葵の所に行こうかな。」
このかは慣れない車を運転しながらこのかの幼馴染で大好きな親友の葵の所へ向かうのだった。




