表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢の願い  作者: なむそ
《王宮侍女》

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

96/98

88.次の生誕祭に向けて。

 



「さて、どうするか」


 気の抜けた声が、重苦しい空気を撫でた。

 長机を囲むのは、セシル様と――貴族派の重鎮たち。



 燭台の火が揺れるたび、男たちの影が歪む。

 焦りと苛立ちが、静かに滲んでいた。


「このままでは、殿下の即位は遠のきます」


 低く口火を切ったのは、アーデンフェルト公爵。


「第一王子が継承権を辞した時点では……我らに追い風が吹いておりました」


 わずかな沈黙。


「ですが……第三王子が聖女との婚姻を決めた今、情勢は変わった」


 重く、静かに落とされる言葉。


 聖女を得た王子は、民衆の支持を得る。

 それは貴族の理屈では覆せない力だ。


「こちらも早急に婚姻を進め、勢力を固めるべきです。殿下のご婚約者は我が娘、セレフィーナ。すでに話は整っております」


 その言葉に、数人が頷く。


「加えて――資金基盤の再整備を」


 “再整備”。

 便利な言葉だと思う。


 この場にいる何人かは、すでに帳簿を二重にしている。

 焦りは、善良さを削る。


 私は一歩下がった位置で、視線を伏せた。

 耳はすべてを拾っている。


 セシル様は椅子の背に身を預け、指先で机をとん、と叩いた。

 退屈そうに天井を見上げながら、まるで他人事のように。


「婚姻ねぇ」


 わざとらしく、鼻で笑う。


「それで? お前たちは俺に、何をさせたい?」


 試す声音。

 公爵は一瞬言葉を詰まらせ、それでも続けた。


「殿下が主導し、貴族派の結束を内外に示していただきたいのです。

 次の生誕祭で、正式に――」

「発表、か」


 セシル様は顎に手を当て、わずかに口角を吊り上げる。


「いいだろう。俺とユリウスが祝われる夜だ。どうせなら、派手にやろうじゃないか」


 場の空気が、ほっと緩む。


 愚かだ。

 彼らは気づいていない。


 その日を“祝宴”だと思っている。


 けれど私は知っている。

 帳簿も、裏取引も、横領の証拠も――

 すべては、その夜に白日の下へ晒されるために整えられていることを。


 アーデンフェルト公爵は、満足げに頷いた。


「さすがは殿下。ご英断にございます」

「それでは、次に資金基盤の強化ですが……」


 別の男が書類を広げる。

 沈んだ声。焦りが滲んでいた。


「王都商会への追加融資が滞っております。このままでは――」

「金が足りんのなら、取ればいいだろう?」


 軽い声音。

 部屋が、しんと静まる。


 男たちの目が揺れた。


「……“どこから”、と?」


 探るような声。

 セシル様は椅子に深くもたれ、ゆるく笑う。


「さてな。俺に聞くな。――ネメシア、お前はどう思う?」


 視線が、一斉に私へ向く。


 重たい沈黙。

 恐れと、値踏みと、そして――期待。


 私はゆっくりと息を整え、穏やかに微笑んだ。


「資金を“取る”のは、今ではありません」

「では……?」


 焦れた声。


「名目を整えるのです」


 机上の書類に指先を滑らせる。


「殿下のご生誕祭。その祝意として、“自主的な献上金”を募る」


 何人かの目が光る。

 私は続ける。


「強制ではない、と明言すること。

 あくまで忠誠の証。名誉ある貢献として扱うのです」

「なるほど……」

「そして額は、各家の“力量に任せる”。公にはしないが、内々で一覧は作る」


 わずかに声を落とす。


「当然、献上額が低い家は――

 忠誠心を疑われても仕方ありませんわね?」


 小さなどよめき。

 理解が、広がる。


 ――自ら進んで、競わせるのだ。


「見栄も、対抗心も。すべてが資金になります」


 私は淡々と言う。


「しかも自主的。

 後日、何があろうと“強要された”とは言えません」


 部屋の空気が、変わる。


 これは強奪ではない。

 貴族派の“選別”だ。

 アーデンフェルト公爵がゆっくりと頷く。


「……見事な策ですな」


 別の男も笑みを浮かべる。


「確かに。これならば忠誠の度合いも測れましょう」

「裏切り者の炙り出しにもなりますな」


 愚かね。

 炙り出されるのは、あなた方だというのに。


 公式記録に残る。

 献上金の出処。帳簿の不整合。横領分を埋めるために動かした裏金。

 ――すべてが繋がる。


 私は静かに視線を伏せる。


 そのとき、椅子に深くもたれていたセシル様が、ゆるく笑った。


「忠誠を示したいと言うのなら、止める理由もないな?」


 彼はわずかに、こちらを見た。

 貴族派の男たちが一斉に頷く。


「なるほど……」


 ひとりが感嘆の息を漏らす。


「これほど若くしてこの策謀……恐れ入ります」

「さすがはあのヴォルクハルト公のご息女ですな」


 賛辞が重なる。

 私は淡く微笑み、礼をとるだけ。


 そのとき、一人の男がにやりと口元を歪めた。


「それにしても……」


 視線が、ゆっくりと私をなぞる。


「殿下が侍女にご乱心と噂に聞いておりましたが――」


 わざとらしい間。


「なんとも、素敵な女性ではありませんか」


 空気がわずかに変わる。


 彼の目は、もはや政治の話をしていない。

 肩から、指先までを値踏みするような視線。


 品のない笑み。


「殿下もお若い。心を乱されるのも無理はない」


 くっくっと笑いが漏れる。


 私はまっすぐに視線を上げた。

 感情を削ぎ落とした目で。


「光栄ですわ」


 柔らかな声で告げる。


「ですが私は、殿下の臣でございます」


 にこり、と微笑む。


「乱すなど、とても」


 男の喉が鳴る。

 それでも視線は外れない。


 その瞬間。


「――ならん」


 低い声が落ちる。

 空気が、重く沈んだ。


 セシル様は椅子にもたれたまま、ゆるく笑っていた。


「面白い冗談だ」


 そう告げつつも、目だけが笑っていない。


「誰の前で、誰を値踏みしている?」


 視線が男を射抜く。

 逃げ場を与えない。


「こいつに手を出すつもりなら」


 ゆっくりと、体を起こす。


「今ここで決めろ」


 一拍。


「貴族派に残るか、家を失うか」


 凍りつく空気。

 冗談ではないと、誰もが理解する。


「この女は俺のだ」


 はっきりと、所有を示す言い方。


「触れていいと、いつ俺が許可した?」


 男の額に汗が浮かぶ。


「も、申し訳ございません……!」

「二度目はない」


 淡々と告げる。


「次は家ごと潰す」


 怒鳴りもしない。

 だが、選択肢はないと分かる声。


 男の顔から血の気が引く。


「し、失礼いたしました」


 椅子が軋む。

 皆の視線が、床へ落ちる。


 誰も笑わない。誰も動かない。

 政治の話が、今ここで終わるかもしれないと理解したからだ。


 私は、ゆっくりとまぶたを伏せる。

 “触れるな”という――彼の宣言。


「……わかればいい」


 興味を失ったように、セシル様は男から視線を外した。


 救われたとでも思ったのか、男は崩れるように頭を下げる。

 だが本当に許されたのかどうか、それを確かめる術はない。


「さて」


 空色の瞳が、ゆっくりと場を撫でた。


「俺とユリウスの誕生祭を、世間を揺るがす舞台にしようじゃないか」


 ざわ、と空気が震える。


 双子の誕生祭。

 それはただの祝宴ではない。


 王位継承を巡る均衡。

 貴族派と王族派の力関係。


 そして――誰がどちらの側に立つのか。


 すべてが晒される夜になる。


「準備は任せる」


 短く命じると、セシル様は私を見た。

 私は静かに礼をする。


「かしこまりました」


 誕生祭は祝福の日。


 ――だが。

 その夜、何かが選ばれる。


 王都が揺れるのは、歓声のせいではない。


 静かに、確実に――誰かが消える。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ