8.家族が増えるみたいです。
月日が経ち、気づけば私は十歳になっていた。
この生活も、すっかり板についてしまった。
以前のようにあからさまに虐めてくる人は減った。
けれど、良くはなっていない。
…食事は普通になったと思う。
少なくとも、腐ったものが運ばれてくることはなくなった。
あれから私は、書斎へ行きこの国や占星術のことを調べていた。
だけど、ここの本だけでは限界はある。
しかし、私の待遇ではどうにでもできない。
「…もどかしい」
小さく呟いた声は、誰にも届かず書斎に溶けた。
この環境が急に変わることは、ない。
私と公爵の関係も、あの日から何ひとつ変わっていない。
私から会いに行くことはないし、公爵が私のもとを訪ねて来ることなど、あるはずもなかった。
―――それでいいんだ。
そう思おうとして、胸の奥がほんの少しだけ痛んだ。
私は本を閉じ、背もたれに体を預ける。
窓の外では、夕暮れの空がゆっくりと色を変えていた。
外の世界は動いているはずなのに、私のいる場所だけが、動けずにいるようだった。
「もっと……知りたい」
誰に聞かせるでもなく、静かに呟く。
この国のこと。星のこと。そして―――お母様のことも。
知らなければきっと私は、あの"箱"も、この想いも―――
ずっと引き出しの奥に閉じ込めたままになってしまう。
すると、扉を叩く音が響いた。
「…ネメシア様、こちらにいらっしゃいましたか」
入ってきたのは、執事長のクロードだ。
この屋敷に長く仕えている人物で、感情を表に出すことは少なく、常に冷静に物事を見ている。
彼が私を見る視線は厳しくもなく、優しくもない。
けれど、その声は淡々としていながらも、私を気にかけているのがほんの少しだけ、伝わってきた。
「公爵様が、皆様をお呼びです」
先日、公爵は屋敷を留守にしていた。
どうやら今頃帰宅されたらしい。
「……私も?」
思わず、そう口にしてしまう。
今まで一度も、私が呼ばれることなんて無かったのに―――。
「…わかったわ」
返事をしてから私はゆっくりと歩き出した。
重い足取りで、呼ばれている場所へと向かった。
向かった先には、公爵と―――見覚えのない二人が立っていた。
公爵の隣には、桃色の髪に緑色の瞳をした、整った顔立ちの女性。
そしてその隣には同じ髪色を持つ、澄んだ藍眼の少女がいた。
―――何故か、その少女から目を逸らすことができなかった。
公爵は皆が集まったことを確認した。
「皆に紹介しよう!新しく妻として迎えるサビーネと、我が娘のルミナだ!」
皆に聞こえるよう声を張る公爵のその言葉に、私は思わず目を見開いた。
―――妻。
―――娘。
私には居場所がないのだと、突きつけるには十分だった。
それと同時にルミナと呼ばれる少女は、私と背格好が変わらないことに気づく。
―――いつから?
そういえばこの数年、公爵は外出が明らかに増えていた。
領地の為かと、当時はそう思っていた。
本当は違った。
それよりも…お母様のことは?
あれほど愛していたはずなのに…。
私は別の黒い何かがじわりと、胸の奥に湧き上がるのを感じた。
「承知いたしました。それでは別の部屋へとご案内いたします」
沈黙を破ったのは、執事長のクロードだった。
クロードはサビーナとルミナを促し、静かに別室へと向かう。
その背を追うように、公爵も歩き出す。
しかし公爵は一度だけ、私に視線を向けた。
「…後で来い」
そう言葉を残し、公爵は三人の後へと続き、私だけがその場に残された。




