<ルミナ視点>これからも。
前の話の続き。
「――何の役にも、立てない?」
その言葉を告げていたユリウスの表情が、酷く、そして辛そうにしていた。
何か言わなきゃと思うのに、唇がうまく動かない。
「……そんなことない」
やっと絞り出せたのは、そんな月並みな否定だけ。
けれど、ユリウスは怒ったように私を見た。
「あるだろ……? 僕、言ったよね? 利用してもいいって」
彼は、少し俯く。
「それなのに」
その声は、ほんの少しだけ震えていた。
「なぜ……頼ってくれない」
一瞬、唇を噛み締めていた。
それ以上、感情が溢れ出さないようにするみたいに。
「……僕じゃ、だめなのか」
その問いは、あまりにも弱くて。
彼の瞳は、涙を堪えるように、微かに潤んでいた。
その弱さに、胸の奥がひどく揺れた。
昔、私は彼から「利用してもいい」と言われたのはたしかだ。
最初は、お姉様のために、そうするつもりだった。
それが一番、正しい選択だと思っていた。
けれど――
「……そんなこと」
私は、俯いている彼の頬を、両手で持ち上げた。
彼が逃げないように。目を逸らさせないように。
「できるわけないじゃない!」
彼の心に届くように、思わず声が大きくなった。
ユリウスは、驚いたように目を見開いた。
「最初は……貴方を利用するつもりだった!」
声が、思うように出ない。
「それで、お姉様が助かるなら、それでいいって……思ってた!」
本当は、そうなるはずだった。
ユリウスがお姉様を選んで、私は身を引いて――
それで、全部丸く収まるはずだったのに。
そうすれば、誰も傷つかないはずだった。
「……なのに」
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
「貴方のことを、好きになってしまったのよ……」
息が、うまく吸えない。
「そんなの……利用なんて、できるわけない……」
言い切った瞬間、胸の奥が一気に空っぽになった気がした。
心臓の音だけが、やけに大きく響く。
……言って、しまった。
もう、引き返せない。
ユリウスは、しばらく何も言わなかった。
ただ、じっと私を見つめたまま、瞬きすら忘れたように固まっている。
「……ユリウス?」
恐る恐る名を呼び、彼の頬から手を離した。
すると、ようやく彼の喉が小さく鳴った。
「……利用していい、なんて言ったのは」
彼は、小さく笑った。
「君が、僕を必要としてくれるなら、それでいいと思ったからだ」
ゆっくり、こちらを向く。
「……それ以上の感情なんて、期待しちゃいけないって、分かってた」
その頬が、ほんのりと赤いことに気づいて、胸がまた締めつけられる。
「……好き、なんて」
掠れた声が、耳の奥に残る。
途端に頬が熱を持った。
改めて言われると、余計に自覚してしまう。
「……ええ、そうよ!」
もう、やけくそよ。
止められなかった。
「貴方と話してる時間とか、一緒にいる時の居心地とか……全部、楽しいの」
以前、お姉様から聞かれた言葉。
『ユリウス殿下のことを、どう思っているの?』
その時の私は、特に気にも止めていなかった。
でも――今なら分かる。
あの時お姉様は、私の気持ちに気づいていたのかもしれない。
「それに……」
お姉様にも伝えた、その言葉。
「ユリウスの笑顔を見ると、嬉しい」
そう告げた途端、まともに彼を見ていられなくなった。
耳まで熱くなっているのが分かる。
次の瞬間。
視界が揺れて、私はユリウスに抱き寄せられていた。
「――っ」
驚くより先に、背中に回された腕の力を感じる。
ぎゅっと、確かめるような抱擁。
けれど、すぐにその腕が、わずかに緩んだ。
「……ごめん」
耳元で、低く、少し掠れた声。
「急に、こんな……」
それだけじゃない。
彼の声には、別の感情が混じっていた。
「……それと」
そっと身体を離し、私の肩に手を置いたまま、視線を落とす。
「君に、謝らなきゃいけない」
「……?」
首を傾げると、ユリウスは一度、小さく息を吐いた。
「正直に言う」
迷いのない声音。
「少し前まで……ネメシアのことを、好きだと思い込んでいた」
一瞬、胸がきゅっと締まる。
けれど、驚きはなかった。
「……最低だよね。君がいるのに、こんな感情を抱いて……」
「違うわ」
私は、すぐに首を振った。
「それで、いいの」
はっきり、そう告げた。
「だって、私――」
少し視線を逸らしながら。
「最初から、二人をくっつけようとしてたの」
「……え?」
ユリウスが、言葉を失う。
「お姉様を助けるため、でもあるし。ユリウスが、お姉様と一緒にいたら、きっと幸せになれるって思ったから」
指先を、ぎゅっと握る。
「だから……気にしてない。
むしろ、うまくいきそうで、ちょっと安心したくらい」
そう、自分に言い聞かせてた。
私は、少しだけ困ったように笑う。
「……でも。
まさか自分が、こんな気持ちになるとは思ってなかったけど」
その言葉に、ユリウスの表情が揺れた。
「……それは、本気……?」
「この話はほんとだよ?」
軽く、肩をすくめる。
「だから、謝らなくていいよ。ユリウスは、何も悪くない」
そう言って、彼を見上げた。
「人を好きになる気持ちまで、誰かに縛られる必要なんてないもの」
沈黙。
それから、彼は小さく、息を吐いた。
「……君は」
ぽつりと。
「どうして、そんなに優しいんだ」
「優しくなんてないわ」
むしろ、と心の中で呟く。
――ずるいだけ。
自分の気持ちを、見ないふりしていただけ。
けれど、それは口には出さず、私はただ少し照れたように笑った。
「……ただお節介よ」
その言葉に、ユリウスは、耐えきれないように小さく笑って。
もう一度、今度はそっと、私を抱きしめた。
「……ありがとう」
胸元で、囁く声。
その温度が、なぜだか、少しだけ切なかった。
抱きしめた腕を、ゆっくりと解く。
名残惜しさが残るのを誤魔化すように、ユリウスは一度、視線を落とした。
「……ルミナ」
小さく、息を吐いた。
夕暮れの光が、噴水の水面に反射して、揺れている。
「ネメシアに向いてた感情は」
静かに、言葉を選ぶ。
「たぶん、憧れと興味と……焦り、だ」
ゆっくりと、整理するように。
「強くて、冷静で、誰にも頼らなくて。自分とは違う存在に、惹かれてただけ」
一拍。
「でも」
声が、少しだけ柔らかくなる。
「君といるとき、僕は――」
言葉を探し、そして見つけるような様子。
「考えなくていいんだ。無理に強がらなくてもいいし、王子じゃなくても、いい」
小さく、息を吐いた。
「……それって、たぶん」
私を見る目が、はっきりと変わる。
「一緒に生きたい相手に向ける感情なんだ」
心臓が、ひとつ遅れて追いつく。
「ルミナ」
名を呼ばれるだけで、胸の奥が震える。
「僕は、君とちゃんと向き合いたい」
迷いなく、はっきりと。
「逃げずに。
考えないふりもせずに。
君の気持ちからも、自分の気持ちからも」
彼は、一歩近づいた。
「……それでも、いい?」
その問いは、王子のものではなく、
一人の人間としての声だった。
「……後悔しない?」
私の問いに、ユリウスは小さく頷く。
「うん」
――ずるい。
胸の奥が、きゅっと痛む。
「私、お姉様と違って……きっと、何度も頼ってしまうわ」
「君の役に立てるなら、嬉しいよ」
その言葉で、耐えていたものが揺れた。
泣くつもりなんて、なかったのに。
でも、感情が追いつかない。
必死に瞬きを繰り返して、こらえる。
「……暴言も吐いちゃうかもしれないよ?」
「はは。それは本音で語り合える関係みたいで、悪くない」
私の弱音にも、彼は難なく答えてくれる。
とうとう、一粒こぼれた。
ユリウスがその涙を拭う。
そして、そのまま頬を包まれた。
「不安にさせて……ごめんね」
ずっと、ずっと……今まで見た笑顔よりも、優しい表情。
「……ばか」
震える声で、そう返した。
でも、その手を突き放すことはできなかった。
「はは。そう、僕は馬鹿なんだ。だから――」
ユリウスは、優しい瞳で私を見ていた。
「これからは、僕が迷わないように……隣にいてね」
青春ですねぇ……。
予定より投稿が遅くなりました。
明日から本編再開します!




