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悪役令嬢の願い  作者: なむそ
《番外編:ルミナとユリウスの気持ち》

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53.5 確かめたい。

53話のユリウス視点

 



 ――一瞬、足が止まった。


 教師の指示と同時に、講堂の空気がざわめく。


 立場を考えれば、本来なら婚約者を選ぶべきなのだろう。

 けれど、今年の僕には、その相手がいない。


 気づけば、無意識のうちに、彼女を探していた。


 ネメシア。


 淡く輝く銀髪と、背筋の伸びた姿勢。

 感情を抑えた、静かな眼差し。


 彼女と視線が合う。

 一瞬だけ、ためらった。

 だが、すぐに一歩踏み出そうとして――


「ネメシア、僕と――」


 言い終える前に、割り込んだ声。


「おい、俺と組め」


 低く、迷いのない声。


 ――セシル。


 その名が、脳裏をかすめた瞬間、嫌な予感が確信へと変わる。

 彼は迷わず、彼女の前に立ち、手を差し出した。


 それは、拒絶という選択肢を、最初から奪うような態度だった。

 ネメシアは、一瞬だけ視線を伏せた。


 ほんのわずかな沈黙。

 だが、それはあまりにも短かった。


「……よろしくお願いいたします、セシル殿下」


 静かな声とともに、彼女の指先が、セシルの掌に触れた。


 胸の奥が、きしりと鳴る。

 理性は理解している。


 僕にはルミナがいるから、彼女は僕の手を取らなかった。

 彼女の選択は、極めて合理的だ。


 ――それでも。


 足元に、微かな不快感が残る。

 僕は、すぐに別の相手と組むため、視線を逸らした。

 王子として、感情を表にだすわけにはいかない。


 けれど。

 そうして意識を切り替えたはずなのに。

 音楽が流れ始め、ステップが刻まれると――

 どうしても視界の端に、あの二人の姿が入ってくる。


 セシルの動きは、正直に言って、見事だった。

 導きは滑らかで、無駄がない。

 相手を主導しながらも、決して力任せではない。


 ――上手い。


 認めざるを得ない事実に、奥歯をわずかに噛みしめる。

 ネメシアの動きは、最初こそ硬かったが、次第に、セシルのリードに馴染んでいく。


 そして、ほんの一瞬。

 彼女が、ほんのわずかに表情を緩めた。

 集中と警戒の狭間で、ふっと零れた、素の気配。


 その顔を。

 彼にだけ見せていることが、無性に腹立たしかった。

 その視線とぶつかり合う前に、僕は咄嗟に目を逸らした。


 感情を、押し殺す。

 今は、舞踏会の練習。

 ただの授業だ。


 そう何度も、自分に言い聞かせる。


 けれど、胸の奥に残る違和感は、消えなかった。


 ネメシアは、常に冷静で、理性的で、常に先を読んでいる。

 それは、誰よりも理解しているつもりだった。


 だが、今。

 セシルの腕の中で、ほんのわずかに身を委ねるその姿は、

 僕の知らない彼女だった。


 無意識のうちに、拳を握っていた。

 彼女が、他の誰かの腕の中で、少しずつ遠ざかっていく感覚が、

 どうしようもなく、怖かった。


 ――まだ、何も始まっていない。


 それなのに。

 この胸に芽生えた感情が、ただの"興味"や"警戒"ではないことだけは、はっきりと分かっていた。




 あの日以来ネメシアの姿が、時折、思考の端に引っかかっていた。

 意識しないようにしても、ふとした拍子に浮かび上がる。


 廊下ですれ違った時。

 図書室で資料を探している時。

 そして講義中、ふと視線を上げた、その瞬間。


 理由は、分かっている。

 ただ――

 確かめたいのだ。


 あの時、胸に生じた違和感の正体を。

 セシルと踊る彼女を見た時に湧いた感情。

 理性では説明しきれない、あの引っかかり。


 それが、単なる独占欲なのか。

 保護欲なのか。

 あるいは、もっと別の何かなのか。


 舞踏会。


 学校行事として行われるそれは、貴族にとって特別な意味を持つ。

 形式ばってはいるが、王宮舞踏会ほど重くはない。

 立場よりも、人間関係が前に出る、数少ない場。


 ――ちょうどいい。

 そう思えた自分に、わずかな驚きを覚える。


 彼女と、対等な立場で向き合える機会だ。

 ただ、王子でも、立場でもなく。

 一人の相手として。


 そう考えた瞬間、自分でも驚くほど、心が静かに定まった。


 ……踊ってみよう。

 そう、はっきりと決めた。


 理由を言語化するなら、"確認"だ。

 彼女と向き合った時、自分の中に何が生まれるのか。

 セシルと踊る彼女を見たときと、自分が踊る時とで、感じ方に違いが出るのか。


 それを、知りたい。


 恋かどうかは、まだ分からない。

 だが、このまま曖昧なまま放置するほど、

 自分は感情に鈍くもなければ、無責任でもなかった。


 決めた。


 舞踏会のファーストダンス。

 ――彼女に、申し込もう。


 もし断られたなら、それはそれで構わない。

 その反応もまた、答えの一部になる。


 だが、もし――

 ほんの一瞬でも、迷いを見せたあとで。

 それでも彼女が、こちらの手を取るのなら。


 その瞬間、自分が何を感じるのか。

 それだけは、逃げずに確かめたい。


 僕は、静かに息を整えた。

 理性で抑え込み、王子として振る舞ってきた感情の、その奥で。


 そこに、確かに何かが、動き始めていることを。

 もう、否定する気はなかった。



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