44.5 友達みたいね。
44話の後のルミナ視点
「……お姉様と、また話せるようになったんです」
そう口にした瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなった。
半年。
たった半年なのに、私にはとても長く感じられた。
『貴女は、必要ない』
お姉様に言われた言葉。
悪になろうと徹していた彼女を、どうしても助けたかったのに。
その手は、はっきりと払いのけられた。
それから、嫌われてしまったのかもしれない、と何度も考えた。
でも、今日。
セレフィーナ様のお茶会で、私はまた、お姉様に助けてもらった。
――いつもの、あの人だった。
誰よりも冷静で、誰よりも強くて、そして――誰よりも優しい。
「すごく……嬉しかったんです」
そう言うと、ユリウス殿下は静かに頷いてくれた。
「それは、よかったね」
その一言だけで、胸の奥に溜まっていたものが、少し溶けた気がした。
「お姉様は、やっぱりすごいんです」
そう思ったら、言葉が次々と溢れ出して、もう止まらなかった。
「相手を怒らせない話し方も、場の空気の読み方も、判断の速さも……全部。私、横で見ていて、何度も感動してしまって」
指を折りながら、私は夢中で語った。
「それに、頭も良くて、強くて……なのに、自分のことはいつも後回しで……」
胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
――どうして、そんなに無理をするの?
やっぱり、私のせい、なの?
その言葉は、喉の奥に押し込めた。
「本当に……世界で一番、素敵なお姉様なんです」
そう言い切った瞬間、思わず言葉が零れた。
「だって、ユリウス」
はっとして口を押さえる。
「……あ」
つい、友達と話してる感覚になってしまった。
呼び捨てにしてしまったことに気づいて、ほんの一瞬だけ瞬きをする。
「す、すみません……」
思わず、肩をすくめて視線を落とす。
しばらく沈黙が落ちた。
……距離を縮めすぎたのかもしれない。
そう思って、恐る恐る顔を上げる。
すると。
ユリウス殿下は、少しだけ目を開いて――それから、ふっと柔らかく微笑んだ。
「……驚いたけど」
その音声は、咎めるものではなく、むしろどこか楽しげで。
「悪くないね」
思わず、瞬きをする。
「え……?」
「せっかくだから、これからは呼び捨てで呼び合おう」
そう言って、ほんの少しだけ距離を詰めてくる。
「君ともっと仲良くなりたいしね」
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥で、何かが、すっとほどけた気がした。
――仲良く、なりたい。
前世も含めて、その言葉を向けられた記憶は、驚くほど少ない。
だからこそ、その一言が思っていた以上に、心に沁みた。
「……ユリウス」
自然に、名前を呼ぶ。
前世では当たり前だったはずの距離感。
けれど、この世界で――そして今の自分にとっては、決して当たり前ではなかった。
「私もユリウスと、もっと仲良くなりたいです」
静かに、まっすぐに告げた。
「……それに」
少しだけ、柔らかく笑う。
「名前で呼べる関係って、いいですね」
懐かしくて、安心できて。
「一気に、距離が縮んだ感じがして」
胸の奥に、ふわりと温かいものが広がる。
――婚約者。
そう呼ばれる関係なのに。
今、この時間は不思議なほど、それから自由だった。
政略でも、立場でもなく。
ただ、同じ空間にいて、同じ話題で笑っているだけ。
そんな当たり前が、こんなにも心地良いなんて。
「……ねえ、ユリウス」
自然と、名前を呼んでいた。
「はい」
すぐに返ってくる声。
それが、嬉しい。
「婚約者、って……」
少しだけ言葉を探してから、正直に続ける。
「正直、最初はすごく緊張していました」
貴族社会における婚約。
それは、個人の感情よりも、家と家。王家と貴族の繋がりを優先する、重たい契約。
前世で何度も見たような、ありふれた構図。
前世の感覚を持っているからこそ、その意味の重さが、よく分かってしまう。
「どう接したらいいのかも、分からなくて。
何を話せばいいのか、どこまで踏み込んでいいのか……ずっと、悩んでいました」
ユリウスは、静かに耳を傾けてくれる。
「でも……」
そっと、息を吐いた。
「今は、少し違います。
こうして話していると、婚約者というより……」
小さく笑って。
「友達、みたいだなって」
だって、お姉様を助けたいという気持ちが、一緒だから。
「……そうですね」
ユリウスは、柔らかく微笑む。
「僕も、同じです。君と離す時間は、とても落ち着く。
それに……気付かされることが多い」
少し、照れたように。
「こんな風に、自然に話せる婚約者になるとは、思っていなかった」
その言葉に、胸の奥がきゅっと温かくなる。
「じゃあ……」
私は、すこしだけ身を乗り出した。
ほんの少しだけ、声を和らげる。
「いつか、婚約者って肩書がなくても、自然に"特別"だって思える関係になれたら……素敵ですね」
政略でも、義務でもなく。
ただ、一緒にいて心が楽で、話すのが当たり前な――そんな関係。
そう言うと、ユリウスは一瞬だけ目を見開き、すぐに穏やかに微笑んだ。
「……ええ。それ以上に、嬉しい言葉はありませんね」
胸の奥が、じんわりと満たされていく。
――友達ができた。
それも婚約者という、特別な立場の相手と。
でも、この関係はきっと、契約から始まったものじゃない。
ちゃんと、自分の気持ちから、生まれたものだ。




