73.これからの私。
「……ちなみに、決定がここまで遅れた理由はね」
ユリウス殿下は視線を、ちらりとセシル様へ向ける。
「この人が、最初から最後まで、ずっと同じことを言い張っていたからだよ」
「……あ?」
「『ネメシアは俺が引き取る』」
淡々と、けれどどこか呆れた様子で。
「『それ以外の案は全部却下。皇帝の決定でも譲らない』――ってね」
「……」
私は、思わず瞬きをした。
そんな、子どもの我儘みたいな……。
「そのせいで、話し合いが何度も振り出しに戻ったんだ」
ユリウス殿下は、軽く息を吐く。
「本来なら、もっと早く決まっていたはずなんだけど」
「別に、いいだろ」
セシル様が、ぶっきらぼうに口を挟む。
「納得できねぇ条件で、決める必要なんかねえ」
「君は、少しは協調性というものを――」
「知るか」
即答だった。
「こいつのことは」
視線が、私に向けられる。
「俺が決める」
それだけで、すべてを断じるような声だった。
ユリウス殿下は、とうとう諦めたように苦笑した。
「……本当に、昔から変わらない」
小さく、懐かしむように。
「こうと決めたら、誰が何を言おうと、絶対に曲げないんだ」
「悪かったな」
「悪いとは言ってないよ」
くすりと、柔らかく笑う。
「君らしい、って言っているだけだ」
二人のやり取りは、どこか穏やかで。
その空気が、胸の奥に静かな温度を残した。
その余韻の中で、ヴァルディオ侯爵が小さく咳払いをした。
「……少し、質問いいかな」
場を整えるように、穏やかな声。
「ネメシア嬢の今後の処遇についてだが――」
視線が、ユリウス殿下とセシル様へと向けられる。
「具体的には、どういう立場になりますか?」
静かな問いかけ。
けれど、部屋の空気が、ほんのわずかに引き締まった。
一瞬、ユリウス殿下とセシル様が視線を交わす。
それから。
「……俺の専属侍女にする」
迷いのない声が、有無を言わせぬ様子で部屋に落ちた。
「……へ?」
思わず、間の抜けた声が漏れた。
侍女。――その単語が、頭の中でうまく噛み合わない。
「どうして、侍女……?」
問いかけたのは、思考が追いつく前の、ほとんど無意識の反応だった。
一瞬、空気が止まる。
その沈黙を破ったのは、ユリウス殿下だった。
「僕から説明するよ」
柔らかな声で、場を整えるように言う。
「まず、君は事実上――"平民"だ。爵位は剥奪。公爵家も消滅。戸籍上も、後ろ盾はない」
淡々とした言葉が、現実を突きつける。
「そして、セシルには婚約者がいる」
その一言に胸の奥が、理由も分からないまま、微かに揺れた。
「その状況で、身分を失った君を、正規の立場もなく傍に置くことはできない。
けれど――」
一拍。
「彼が、どうしても君を引き取ると言い張った」
苦笑混じりに、視線をセシル様へ向ける。
「ならば、唯一筋が通る形が、"専属侍女"だった」
静かな結論。
「雇用関係として傍に置く。王族付きの侍女として登録すれば、身分も生活も保証される。
そして――誰にも、文句を言わせない」
そこまで言って、ユリウス殿下は、軽く肩をすくめた。
「……かなり強引だけどね」
「結果オーライなんだから、文句はねえだろ」
セシル様が、ぶっきらぼうに返す。
「安全で、目の届く場所に置けて、ついでに逃げられない」
にやり、と悪戯めいた笑みをしていた。
「悪くない処遇だと思うが?」
――まったく。
横暴で、身勝手で。
けれど。
その強引さの裏にあるものが、嫌というほど伝わってきてしまって。
「……」
言葉を失ったまま、視線を伏せる。
胸の奥が、じんわりと熱が帯びるのを、誤魔化すように。
「それに――」
セシル様は、ちらりとこちらを見てから、顎でルミナを示した。
「どうせ嫌でも、そこの芋女と会えるだろ」
「――なっ!?」
ルミナが、即座に反応する。
「ちょっと! 誰が芋女ですか!!」
「見たまんまだろ」
「失礼すぎるんですけど!!」
むっと、頬を膨らませるルミナに、セシル様は悪びれもせず肩をすくめる。
「ほらほら、ルミナ。そう怒らないで」
苦笑混じりに、ユリウス殿下が間に入る。
「……分かっているだろう? セシルは、そういう言い方しかできないだけだ」
「……分かってますけど!」
むう、と唇を尖らせながらも、ルミナは一度だけ私を見て。
「たしかに……お姉様ほどじゃ、ありませんけど」
「……ちょっと、ルミナ?」
思わず声が出た。
「ああ?」
セシル様が不思議そうな表情で告げる。
「比べるまでもねえだろ」
「……!」
ルミナが、言葉を失う。
「……ん?」
私の方が、理解が追いつかなかった。
「ちょ、ちょっと……」
頬が、じわじわと熱くなる。
「……何を、当然みたいに……」
「事実だろ」
平然とした声。
「お前と比べられる時点で、あいつに勝ち目はねえ」
「……」
言葉が、完全に詰まった。
胸の奥が、くすぐったいほどにざわつく。
「……もう」
私は、そっと視線を逸らす。
「……呆れますわ。本当に」
そう言いながらも、頬の熱は、どうしても引かなかった。
「……はいはい。もう分かったから」
ユリウス殿下が、こめかみを抑えながら呆れと苦笑の入り混じった表情を浮かべた。
「本当に、君は……」
「なんだよ」
セシル様は、そっぽを向く。
「結果的に、全員得してるだろ」
指を折るように、順を追って、淡々と続けた。
「俺は、ネメシアを傍に置ける。ネメシアは、行き場に困らずに済む。
それに――」
ちらりと、ルミナを見る。
「こいつも、俺が嫌でも姉とは会える」
「……なんで、そんなに嫌なんですか」
むすっとしながらも、ルミナの声はどこか柔らかい。
「ほら」
セシル様は、肩をすくめた。
「丸く収まってる。――問題、あるか?」
その言葉に、部屋の中に静かな笑いが落ちた。
ユリウス殿下は、やれやれと首を振りながらも。
「……確かに」
小さく、そう認める。
「これ以上、穏便で、合理的な落としどころもないだろうね」
私は、改めて三人の顔を見渡した。
セシル様。
ユリウス殿下。
そして、隣で小さく微笑むルミナ。
――不思議な巡り合わせ。
けれど、悪くないわ。
「……そうですわね」
静かに、息を整える。
「これで、問題ありません」
そう告げると、セシル様は満足そうに口角を上げた。
「決まりだな」
その一言で。
私のこれからの行き先は、もう、揺るぎようもなく定まった。
―――――――――
「――セシル!」
目の前で、愛する者が真っ赤に染まっていく。
「……おねがい……置いていかないで……」
この時の私は。
それが――そう遠くない未来で、起きることになるとは、思いもしなかった。
ネメシアが一息つける話まで終わりました!
まだまだ明かされる話もありますが、物語が終盤に近づいてます。
少し忙しくなるため、しばらくお休みします。
再開予定は16日の予定です。
その間にここまでのルミナとユリウス視点を投稿します。二人の関係性の話です。
まずは、ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
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今後も、ネメシアたちの活躍の応援お願いします!




