68.断罪。
「学園内における、長期的かつ悪質ないじめ
複数の生徒への、暴力および精神的迫害」
言葉が、刃となって降り注ぐ。
周囲は低いどよめきが起きた。
私は、ゆっくりと顔を上げた。
「……随分と、一方的ですのね」
静かな声。
「それを、すべて――私がやったと?」
一瞬、空気が揺れる。
「証拠なら、すでに揃っている」
セシル様は、即答した。
「言い逃れは、許さない」
その冷酷さに、思わず口元が歪んだ。
「まあ……。それなら、ぜひ聞きたいですわね」
私は、口元の笑みを隠すように、扇子を広げた。
「まずは――悪質ないじめ」
セシル様の声が、広間を切り裂いた。
「お前は俺の婚約者、セレフィーナに対する侮辱、暴力を振る舞った」
隣りにいるセレフィーナは、小さく肩を震わせた。
怯え。涙を堪える仕草。周囲の同情を、正確に引き寄せる動き。
――完璧な被害者の姿。
「階段から突き落とした上、婚約者に相応しくないなどと罵った。
言い逃れはできない」
「……」
――まあ、随分と都合がいい解釈だこと。
すべて濡れ衣でしかない。
階段も、彼女が押してこようとしたから、避けただけ。
婚約者に相応しくない……に関しては言ったことないから、彼女の被害妄想ね。
――さて。
私は、わざと小さく息を吸い。
「……そんなこと、してませんわ!」
少し必死な声で、そう告げた。
セシル様は、少し得意げな顔をする。
「……セレフィーナ」
セシル様が、隣に立つ婚約者へと視線を向けた。
「話せ」
短く、命令の声。
セレフィーナはびくりと肩を揺らし、一瞬だけ私を見て――すぐに、怯えたように視線を伏せた。
「……はい……」
か細く、震える声。
「わ、私は……ずっと……怖かったんです……」
涙が、ぽろりと零れ落ちる。
「ネメシア様に……呼び出されて……」
すすり泣きで告げている。
「婚約者として、相応しくない……殿下の隣に立つ資格がない……。そう、言われ続けて……」
周囲から、ざわめきが広がる。
同情。憐憫。
そして、私への明確な敵意。
「反論すれば……もっと酷いことを、されるんじゃないかって……」
セレフィーナは、両手で口元を抑え、今にも崩れ落ちそうな様子を見せた。
「……ずっと、耐えてきました……」
――見事。
完璧な被害者ね。
随分と、芝居が上手いこと。
心の中で、冷笑する。
あれほど自身に満ち、他人を見下していた人が、
ここまで"可憐な被害者"を演じ切るとは。
「……それは、事実ですの?」
私はあえて、震える声を作った。
「私は、そんなこと……」
「嘘です!」
遮るように、セレフィーナが声を張り上げた。
「何度も、言われました……! 殿下の婚約者の座から、引きずり下ろしてやる、って……!」
彼女は、泣き崩れた。
その姿に、周囲がざわつき、何人かははっきりと私を睨みつけた。
「……最低だわ……」
「そこまで、追い詰めるなんて……」
「やっぱり……悪女よ……」
囁きが、針のように刺さる。
「それだけじゃない」
セシル様が、低く言い放った。
「お前は――
俺の婚約者だけではなく」
一拍。
「ユリウスの婚約者にも、手を出した」
一瞬で、空気が凍る。
「……ルミナ・ルーインハイト。お前の妹だ」
その名が出た瞬間、広間の視界が、ゆっくりと後方へ流れた。
人垣の向こう。
蒼白な顔で立ち尽くす、
私の――妹。
「彼女に対する、執拗な嫌がらせ。暴言。孤立化工作」
一つずつ、丁寧に。
逃げ道を塞ぐように。
「証言も、複数ある。
……妹にまで、手を出すとはな」
セシル様の声に、冷たい怒気が混じる。
「違います……!」
張り裂けるような声が、広間に響いた。
人垣を押し分け、前へと出てきたのは――ルミナだった。
「お姉様は……! 私を、虐めたりなんて……!」
息を切らし、震える声で必死に叫ぶ。
「全部……私が……私が、勝手に……!」
「ルミナ」
柔らかく、けれど確かな声。
ユリウス殿下が、そっと彼女の前に立った。
「……大丈夫だ」
静かに、落ち着かせるように。
「君は、もう、十分頑張った」
「でも……!」
縋るように、その衣の袖を掴む。
ユリウス殿下は、一瞬だけ目を伏せ、それからゆっくりとルミナの手に、自分の手を重ねた。
「……もう、いい」
低く、優しい声。
「これ以上、無理をしなくていい」
ルミナの指が、震える。
「……どうして……?」
「君が、傷つく姿を……」
かすかに、声が掠れる。
「これ以上、見たくない」
ルミナの瞳から、涙が零れ落ちる。
「……ユリウス……」
その名を呼ぶ声は、震えていた。
「……ごめん、なさい……」
力なく、俯く。
ユリウス殿下は、そっと彼女の肩を抱き、
それ以上、前に出ないように静かに引き寄せた。
二人は思っていたより、信頼関係があるようだ。
その様子に少しだけ、安心した。
――それにしても、ユリウス殿下。
私はルミナを慰めているユリウス殿下の表情を見て、心の中で微笑んだ。
「……どこまで、堕ちれば気が済む?」
セシル様の声に、私は気を引き締めた。
「……違いますわ」
震える声。
そしてわざと、喉を詰まらせる。
「私は……ルミナを……」
「黙れ」
低く、強く。
一言で、空気を切り裂く。
「今さら、何を言っても無駄だ」
視線が、突き刺さる。
「お前の言葉を、信じるものは、ここにはいない」
周囲の沈黙が、それを証明していた。
誰も、私を庇わない。
誰一人。
……その通りですわ。
胸の奥で、静かに、笑う。
その空気を、作るために。
私はここまで、積み上げてきたのだから。
「次だ」
低く、切り捨てるように。
「セレフィーナの友人たちへの、継続的な暴力と威圧」
合図と共に、二人の令嬢が前へと出される。
青ざめた顔。震える指先。
互いに縋りつくような仕草。
「……私たちは、何度も呼び出されました」
「逆らえば、突き飛ばされ……言い返せば、次はもっと酷いことをすると……」
嗚咽混じりの証言が、短く、けれど確実に積み重なる。
「事実か」
セシル殿下の声に、私はゆっくりと顔を上げた。
「……覚えが、ありませんわ」
それだけ告げて、私は、口を閉ざした。
この証言も、いつも呼び出すのは彼女たち。
私はそれに応じているだけ。
突き飛ばされたから、やり返しているだけよ。
――まあ、もう否定しなくていいでしょう。
広間に、重苦しい沈黙が落ちる。
セシル殿下は、わずかに顎を引いた。
「――なら、次で終わりだ」
低く、冷酷な声。
「王家に対する不敬」
一言。
それだけで、場の空気が凍りつく。
「王家に対する度重なる無礼な言動。
公の場における、敬意を欠いた振る舞い。
第三王子ユリウスへの、明確な拒絶と軽視」
淡々と、読み上げる。
「これらすべてを総合し――」
一拍。
「ルーインハイト公爵令嬢、ネメシア」
名を呼ぶ声が、刃のように響いた。
「お前を、公爵令嬢の地位より剥奪する」
ざわ、と、広間が大きく揺れる。
「同時に、王家への不敬により」
冷酷に、言い切る。
「地下牢への投獄を命じる」
その瞬間。
音楽も、囁きも、呼吸さえも――止まった。
その中心で、私はただ静かに目を伏せた。
……ようやく。
胸の奥で何かが、すとん、と落ちる。
重く、長く背負い続けてきたものが、音もなくほどけていく感覚。
「……承知いたしました」
声は、驚くほど落ち着いてた。
顔を上げる。
涙も、震えもない。
ただ、穏やかな微笑み。
ゆっくりと、セシル様を見据える。
「これで、よろしいのですね」
確認するように、静かに問う。
その瞳の奥に、微かな揺らぎが走った。
けれど、彼はすぐに表情を引き締めた。
「……ああ」
短く、断定した。
その瞬間。
私は、すっと背筋を伸ばした。
「それでは――」
一礼。
それは、完璧な貴族の礼。
「お役目、果たしましたわ」
誰にも聞こえぬほど、小さな声で。
だが、その言葉は確かに、私自身に向けた終わりの合図だった。
衛兵たちが、左右から近づいてくる。
鉄の手袋が、私の腕を取る。
冷たい感触。
けれど、抵抗はしない。
振りほどこうともしない。
ただ、静かに、歩き出す。
その途中。
視界の端で、ルミナが、崩れ落ちそうになるのが見えた。
伸ばされる手。
震える唇。
――けれど、振り返らない。
振り返れば、すべてが崩れる。
だから、前だけを見る。
終わりへ。
……いいえ。
始まりへ。
大理石の床に、私の足音だけが、規則正しく響いていた。
明日から1日1ページの更新に戻ります。
あと5ページで、物語が一段落します!




