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悪役令嬢の願い  作者: なむそ
《貴族学校》

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63.各々の想い。

ルミナ視点、ネメシア視点、セレフィーナ視点

 




 あの日から、数日が過ぎた。


 あれほど続いていた視線も、囁き声も、足を止めて道を塞ぐ仕草も――

 嘘のように、消えていた。

 誰も、何も……してこない。


 胸に手を当て、そっと息を吐く。


 これくらい……。

 前の人生に比べれば、ずっと、ずっと――。


 思い出さないようにしていた記憶が、わずかに疼く。

 無視。

 暴言。

 理不尽な叱責。

 逃げ場のない閉塞。


 それに比べれば、視線を逸らされるだけ。

 囁かれるだけ。

 悪意を向けられるだけ。


 ……我慢すれば、よかった。

 そうすれば、誰も傷つかない。

 お姉様にも、迷惑をかけずに済んだのに。

 私が、耐えれば……それで。


 そう、思っていたのに――。



 夕暮れの図書室。

 いつもの窓際に座る、銀色の背中を見つけて、足が止まった。


 ……やっぱり、ここにいた。


 意を決して、声をかける。


「……お姉様」


 振り返る瞳は、冷たい。

 それでも、私は言葉を絞り出した。


「助けてくれて……ありがとう」


 一瞬だけ、揺れた視線。けれど、すぐに切り捨てられる。


「勘違いしないで」


 その声は、氷のようだった。


「私は、貴女のために動いたわけじゃない。目障りで不快だった、それだけよ」


 ……嘘よ。

 胸が、きゅっと痛む。

 分かっている。分かっている、けれど。


「学園で、私がどう見られているか、知っているでしょう。

 "妹を虐げる冷酷な女"。そんな女が、妹思いだと示せば、貴女は余計に標的になる。

 だから、もう近寄らないで」


 お姉様は、淡々と告げた。


 どうして、うまく物語が進まないんだろう。

 どこから間違えたのだろう。

 お姉様を助けたいだけなのに。


「……分かったわ」


 そう答えるのが、精一杯だった。




 ―――――――――



 背後で、足音が遠ざかっていく。

 その規則正しい音が、完全に聞こえなくなるまで、私は動かなかった。

 ――動けなかった。


 指先が、机の縁を強く掴んでいることに、遅れて気づく。

 自分が思っているより、力が入っていた。


「……馬鹿ね」


 小さく、吐き捨てる。

 あんな言い方をして、あんな顔をさせて。

 それで守ったつもりになっているのだから、笑えない。


 椅子に深く腰を下ろし、天井を仰ぐ。

 胸の奥に溜まったものを、息と一緒に吐き出す。


 ――耐えればいい。

 あの子の目に宿った諦めは、かつての私自身と一緒だった。

 だからこそ、あの子がそんな考え方をすることが、許せなかった。


 自分さえ我慢すれば、誰も傷つかない。


「……そんなこと、私が許さないわ」


 呟きは、ほとんど音にならない。


 ルミナは私の妹で、私を暗闇から連れ出してくれた。

 だからこそ、守ると決めた存在。


 ――私の立場?

 ――噂?

 ――悪評?


 そんなもの、最初から覚悟の上よ。むしろ、好都合ですらある。


「……私が全部引き受けるわ」


 そうすれば、刃はすべて私に向く。

 あの子には、届かない。

 それで、終わるなら。


 視線を落とすと、開いたままの本の文字が、滲んで歪んで見えた。

 読む気など、最初からなかった。


「……ほんとうに」


 小さく息を吐く。


「愚かなのは……私ね」


 守るために突き放し、突き放すことで、さらに傷つける。

 それでも――。

 それでも、他にやり方が分からないのよ。


 ――だから。

 私は、もう一度だけ、心の奥で誓い直す。


 二度と。

 あの時(毒殺未遂事件)のようにさせない。


 そのためなら。

 私は、どれだけ嫌われても構わない。


 どれほど汚れても、堕ちても、壊れても――。




 ―――――――――



 指先が、まだ微かに震えていた。

 サロンの奥。

 厚いカーテンを引き、外界から切り離されたその空間で、私はソファに深く腰を沈める。


「……セレフィーナ様」


 取り巻きの一人が、怯えたように声をかけてくる。


「お顔の色が……」

「……大丈夫なように、見える?」


 静かに問い返すと、彼女たちは息を呑んだ。


 ……違う。

 こんな言葉が欲しいわけじゃない。

 私が味わったのは、恐怖でも、怒りでもない。


 ――屈辱。

 貴族として、何一つ、あの女に劣るところなどない。

 それなのに。


『"今なら"、貴女の未来は守ってあげる』


 淡々と告げられたその声。

 感情の欠片も乗らない、冷え切った視線。

 まるで、私が哀れな存在であるかのような――


 "見下す目"。


 ……ふざけるな。


 私は、セシル殿下の婚約者よ。


 その私が。

 なぜ、ネメシアごときに、そんな目で見られなければならない?


 胸の奥に、どす黒い感情が渦を巻く。


 結局……。

 殿下の視線は、いつだってあの女を追っている。

 私の隣りにいながら。

 その奥に浮かぶのは――ネメシア。


 だから、分かってしまった。

 あの女は、私を"脅威"だと思っていない。


 むしろ。

 ――"勝者の余裕"。

 その余裕が、何よりも許せなかった。


「……ほんと! 憎たらしい」


 低く告げると、取り巻きたちが戸惑いの表情を浮かべる。


「もう、妹には手を出さないわ」


 その一言に、彼女たちは驚いたように顔を見合わせた。


「では……」

「次は――本人」


 唇が、自然と歪む。


「学園中に、知らしめてあげるわ」


 "選ばれたのは、あの女ではなく、私だった"という現実を。

 彼女自身に、思い知らせる。


「私から、奪ったつもりでいるものを。

 一つ残らず、叩き落とす」


 名声も。

 信頼も。

 居場所も。


 ――すべて。


「……ネメシア」


 その名を口にしただけで、胸の奥が熱を帯びる。


 覚悟なさい。

 婚約者の座を脅かした、その報いを。

 徹底的に、味わわせてあげる。




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