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悪役令嬢の願い  作者: なむそ
《貴族学校》

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60.何かが起きそうね。

ネメシア視点→ルミナ視点→第三者視点

 



 二年生になっても、特別なことは起きなかった。

 少なくとも、表向きは。

 あの日から、セレフィーナ様からの呼び出しもない。牽制も、忠告も、噂話めいた探りさえも。

 ――何も、されていない。


 それがかえって、胸の奥に小さな棘のように残っていた。

 それでも時間は止まらず、季節が巡る。

 新入生が入学してくる時期。学園全体が、わずかに浮つく。


 私は、いつものように回廊を歩いていた。

 授業と授業の合間。人の流れが一度、途切れる時間帯。

 その角を曲がった瞬間。


「……あ」


 先に声を漏らしたのは、ルミナだった。

 新しい制服。少し緊張した表情。けれど、その奥にある気配は変わらない。

 私は歩調を緩めるだけで、足を止めはしなかった。

 立ち止まる理由は、ない。


「お姉様……!」


 その声に、胸の奥がわずかに緩むのを感じて――

 そんなものは不要だと、私は思考ごと押し戻した。

 ふと隣を見ると、あの時のお茶会で見たクロエがいた。


 視線だけを、ルミナへ向ける。


「……何かしら」


 声は低く、感慨はない。

 そう返した私の前で、ルミナは一瞬だけ言葉を探すように視線を揺らした。

 そして、一歩。ほんの半歩分、距離が縮まる。


「お姉様と、同じ制服が着れて嬉しいです」


 周囲を気にして声を落としているのも分かった。

 私は歩みを止めなかった。

 それでも――

 彼女の前を、何事もなかったように通り過ぎるほど、冷たくはなれなかった。


「……その呼び方、学園では控えなさい」


 視線は合わせない。距離も詰めなかった。


「同じ制服が嬉しい、ですって?」


 そこで、ほんの一瞬だけ視線を流す。


「――勘違いしないことね。私は、あなたの味方ではないのよ」


 その言葉が落ちた瞬間、一拍の間が空いた。


「……あ、あの……!」


 小さく、けれど必死に絞り出したような声。

 それは、先ほどから様子を伺っていたクロエのものだった。

 躊躇うように一歩、前へ。それでも、ルミナの横に並ぶ形になる。


「そ、そんな言い方……」


 言葉が喉で詰まり、視線が一度だけ揺れる。けれど、逃げなかった。


「……姉妹、なんですよね?」


 確かめるような声。


「それなのに……そんな……」


 唇を噛みしめ、勇気をかき集める。


「そんなふうに突き放すなんて、あんまりです……!」


 最後の一言は、ほとんど訴えだった。それは強くない声。けれど、間違いなく――庇う言葉。

 空気が、張りつめる。

 私は、その様子を横目で捉える。

 震える肩。握りしめた指先。それでも、意識的にルミナの前に立つ姿。


 ――以前も、セレフィーナ様たちに向かって主張をしていたわね。

 それも、ルミナを庇う言葉。


 私は彼女たちにばれない程度の、ほんの小さく口角を上げた。


「……それなら、クロエ様が慰めたらよいでしょう?」


 ――まだ、弱々しい所もあるけれど……まあ、いいでしょう。


 私やセレフィーナ様に噛みつく勇気があるのなら、私が見えないところでも彼女に任せれば問題ない。

 ルミナの隣に立つことを許すわ。


 私は、それ以上何も言わず、歩き続けた。




 ―――――――――



 背中が、遠ざかっていく。

 淡い金色の髪が、人の流れに紛れて見えなくなるまで、私はその場から動けなかった。


「……あの人……」


 隣で、クロエが小さく息を吐いた。


「ひどいです……あんな言い方」


 怒っている、というより。納得がいかない、という顔だった。


「お姉様、なんですよね……? なのに……」


 言葉を探すみたいに、視線が揺れる。


「……冷たすぎます。あれじゃ、まるで……」


 そこまで言いかけて、クロエは口を噤んだ。私の顔を、気にしたのだと思う。

 私は、首を横に振った。


「いいえ」


 声は、思っていたよりも静かだった。


「……あれが、普通です」


 そう言ってから、私は少しだけ間を置いた。


「え……?」


 クロエが、驚いたように目を見開いた。

 私は、少しだけ視線を落とした。

 さっき向けられた、刺すような声。視線を合わせない、距離を詰めない態度。

 ――全部、知っている。


「お姉様は……人前では、ああいう言い方しかしないんです」


 それは、昔から。誰かに聞かれる場所では。誰かに見られる距離では。


「私を、遠ざけるように振る舞います」


 クロエの唇が、かすかに震えた。


「……それでも?」

「それでも、です」


 私は、はっきりと答えた。


「本当に突き放す人なら、あんなふうに立ち止まりません」


 声をかけられて、振り返りもしない。

 それで、終わるはずだから。


「……あの人は、私を守っているんです」


 その言葉を口にした瞬間、胸の奥が、少しだけ温かくなった。

 クロエは、すぐには何も言わなかった。けれど、やがて小さく息を吐く。


「……ずるいです」

「え?」

「そんなの、分かりません……外からじゃ」


 少し悔しそうに、でもどこか安心したように。

 私は、ほんのわずかに笑った。


「お姉様は、意外と不器用ですから」


 ――冷たい背中は、拒絶じゃない。近づかせないことで、守っているだけ。

 私は、もう一度、回廊の先を見た。


 もう、あの人はいない。

 それでも――ちゃんと、ここにいる。




 ―――――――――


 回廊の陰。

 人の流れから半歩外れた位置で、二人の令嬢は足を止めていた。

 その二人は、いつもセレフィーナに引っ付いている取り巻きたち。


「……守っている?」


 クロエとルミナの会話が、途切れ途切れに届く。

 取り巻きの一人は、思わず息を詰めた。聞くつもりはなかった。けれど、足が止まった。


 ――ネメシア様が、守っている?


 冷たい。妹を虐げている。

 そう噂されている相手の名前が、そこで出たからだ。


「お姉様は、意外と不器用ですから」


 ルミナの声は、静かだった。怒りも、悲しみもない。ただ、確信だけがあった。

 そして、"理解している"声でもあった。

 取り巻きたちは、すぐにその場を離れた。これ以上聞く必要はない。


 ――聞いてはいけないものを、聞いた。



 その日の放課後。サロンの一角で、セレフィーナは紅茶に口をつけていた。


「それで?」


 淡々とした声。取り巻きたちは、一歩下がって頭を下げる。


「ネメシア様と……ルミナ様の件です」


 カップが、ほんのわずかに止まった。


「……続けなさい」

「本日、回廊でルミナ様とクロエ様が話しているのを耳にしました」


 慎重に、言葉を選ぶ。


「ネメシア様の冷たい態度について……ですが」


 セレフィーナは何も言わない。促す視線だけが向けられる。


「ルミナ様は……否定されていました」

「否定?」

「はい。"守っている"と」


 その瞬間、セレフィーナの口元が、わずかに歪んだ。


「……なるほど」


 紅茶を置く音が、やけに静かに響く。


「つまり……」


 視線を伏せ、指先でカップの縁をなぞる。


「ネメシア様が、本当に大切にしているのは――」


 答えは、もう出ていた。


「ルミナ、ということね」


 取り巻きたちが、黙って頷く。セレフィーナは、小さく息を吐いた。


「噂は、やはり"噂"」


 視線が、取り巻きではなく、遠くを見る。

 冷たい姉。意地の悪い令嬢。妹を踏み台にする女。


「……どれも、表向き」


 視線が、鋭くなる。


「弱点は、常に隠されているものだと思っていたけれど……」


 今回の情報で、分かりやすくなった。


「守るために、距離を取る」


 セレフィーナは、静かに微笑んだ。


「――いい情報をありがとう」


 それは褒め言葉だった。同時に、次の一手を考え始めた顔。


 ネメシア・ルーインハイト。


「この前の()()をさせていただきますわ」




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