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悪役令嬢の願い  作者: なむそ
《貴族学校》

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54/94

51.貴女方に言われる筋合いはありません。

 



 数日が経った。


 最初に違和感を覚えたのは、廊下だった。

 すれ違う令嬢たちの視線が、わずかに遅れる。

 一瞬、私を見て――それから、ひそひそと口元を隠す。


 ……最近は少なくなったものの、以前から視線には慣れている。

 けれど今回は、質が違うのが分かった。


 教室に入ると、会話が途切れる。

 完全な沈黙ではない。

 私が席に着いた途端、話題が変わるだけ。


「……」


 私は何も言わず、いつも通りノートを開いた。



 それから、再び何日か経った頃。


 昼休みの終わりを告げる鐘が鳴る少し前。

 私は教室へ戻るため、廊下を歩いていた。


「ネメシア様」


 背後から、控えめな声。

 振り向くと、同じ学年の令嬢が三人。

 全員、穏やかな笑みを浮かべている。


「少し、お時間よろしいかしら?」


 拒否する理由は、表向きには見当たらなかった。


「構いませんわ」


 立ち止まると、彼女たちはほっとしたように微笑んだ。

 ――この時点では、まだ。


「急に呼び止めてしまって、ごめんなさい」

「でも、どうしてもお伝えしておいた方がいいと思って」


 "あなたのために"。

 そう前置きされる忠告ほど、厄介なものはない。


 彼女たちに促されて、空き教室へ入った。

 扉が閉まる音は、驚くほど静かだった。


「最近……殿下方と、よくご一緒されているでしょう?」


 言い方は、柔らかい。

 事実確認の形をしている。


「図書室でも、廊下でも…」

「悪目立ちしている、という意味ではないのよ?」


 慌てて、彼女は付け足した。


「ただ……誤解されやすい立場だと思うの」


 私は黙って、次の言葉を待った。


「ユリウス殿下も、セシル殿下も……学園では、特別な存在でしょう?」


 同意を求める視線。

 否定できない事実。


「だからこそ……」


 そこで、一拍。


「近くにいる方が、いろいろ言われてしまうの」


「あなたが」という言葉は、誰も口にしなかった。


「私たち、あなたが傷つくのを見たくなくて」

「噂って、一度立つと厄介ですから」


 善意。

 少なくとも、表向きは。


「少しだけ、距離を置いた方がいいんじゃないかしら」


 ようやく本題ね。


「殿下方のためにも」

「あなたのためにも」


 そこで、私はようやく口を開いた。


「……そうですか」


 声は、思ったより落ち着いていた。


「ご忠告、ありがとうございます。

 私を案じてくださっている、と受け取ってよろしいのですね」


 彼女たちは、ほっとしたように頷く。


「ええ、もちろん」

「決して責めているわけじゃ……」


「では」


 私は、静かに続けた。


「一点だけ、教えてくださいな」


 空気が、わずかに変わる。


「"距離を置く"とは、具体的にどの程度でしょう?」

「……それは」


 一人が、ほんの一瞬だけ言葉に詰まった。


「必要以上に親しくしないという意味ですわ。

 廊下で立ち話をしたり、二人きりで過ごしたり……そういうことを、控えるだけで」


 ――それができたら私だって嬉しいわ。

 私は令嬢の言葉に、心のなかで告げた。


 別の令嬢が、補足するように続ける。


「殿下方は、お忙しい立場ですもの。

 お気遣いするのも、私たちの役目ですし」


 ――なるほど。

 "私のため"から、"殿下方のため"へ。責任の置き方を、静かにすり替えてきた。


 私は、小さく首を傾げた。


「確認なのですが」


 視線を一人ずつに向ける。


「それは、殿下方ご本人のご意向、という理解でよろしいのかしら?」


 空気が、わずかに固まった。


「い、いえ……」

「そういうわけでは……」


 即答できない。

 それが、答えだった。


「そう」


 私は、ふっと微笑む。


「では、それは"殿下方の意思"ではなく――あなた方個人の判断、ということですのね」


 言葉は丁寧。けれど、逃げ道を一つずつ塞いでいく。


「私、存じ上げませんでした」


 声色を、わずかに柔らかくする。


「学園には、王族の交友関係を管理する役目も、存在するのですね」

「ち、違います、そんな……!」


 慌てて否定する声。


「私たちは、ただ……」

「ただ、殿下方をお慕いしているだけで……」


「ええ」


 私は、ゆっくりと頷いた。


「お気持ちは、よく分かりますわ」


 その言葉に、令嬢たちは一瞬だけ安堵した表情を浮かべる。

 ――けれど、それは続かなかった。


「ですが」


 声を低くも強くもしない。

 ただ、淡々と。


「"お慕いしている"という理由で、殿下方の交友関係に口を出すのは」


 一拍置く。


「学園の生徒としても、貴族としても――少し、分を越えていませんか?」


 沈黙が落ちた。


「そ、そんなつもりでは……」

「私たちは、ただ……」


 言葉が続かない。

 視線が泳ぎ、誰も私と目を合わせなくなる。


「ご安心くださいな」


 私は、最後にそう告げた。


()()()、殿下方の評判を損なうつもりはありません。

 ですから、"距離"についても――」


 わずかに微笑む。


「私が必要だと判断した分だけ、きちんと保っております」


 それ以上、譲る気はない。

 そう、はっきり伝わるように告げた。


「……そう、ですか」


 沈黙を破ったのは、最初に声をかけてきた令嬢だった。

 その声は、わずかに硬い。


「やはり……お分かりにならないのですね」


 口元に、かろうじて笑みを貼り付ける。


「殿下方が、どれほど注目される存在か。

 その立場の重さを……」


 言い終える前に、言葉が途切れた。


 ――言えば言うほど、正当性が薄れていくのを、自分でも感じたのだろう。


 別の令状が、少し強めに続ける。


「忠告は、しましたから。

 後で何が置きても……私たちは、知りません」


 それは、脅しにも忠告にもなりきらない、曖昧な言葉だった。


「ええ」


 私は、静かに頷く。


「ご丁寧に、ありがとうございました」


 それ以上、何も言わない。

 令嬢たちは、互いに視線を交わし――揃って、踵を返した。

 扉が開き、閉まる。


 足音が、廊下の奥へと遠ざかっていく。

 私は、しばらくその音を聞いてから、軽く息を吐いた。


 ――捨て台詞は、余裕のない者の特権だ。


 机の上に視線を落とす。

 次に動くのは、彼女たちか。

 それとも――もっと、分かりやすい"敵"か。


 私は、何事もなかったように教室へと向かった。




 ―――――――――


 数日が経った昼休みの中庭。


 噴水の側で、数人の令嬢が輪になっていた。

 手には紅茶。

 声は、周囲に溶ける程度の音量。


「……ねえ、聞いた?」

「何が?」


 一人が、意味ありげに視線を巡らせてから、声を落とす。


「ネメシア・ルーインハイト様のこと」


 名前が出た瞬間、別の令嬢が小さく眉を動かした。


「ああ……最近、殿下方とよく一緒にいるっていう」

「そうそう。この前図書室でも見かけたわ」

「あら、私は廊下で見たわ」


 彼女たちは思い出すように話す。


「……最近、ちょっと行き過ぎじゃない?」

「ええ。それに殿下方だけじゃないでしょう?」

「上級生の貴族子息とも話していたって聞いたわ」


 次々と言葉が出る。


「訓練場の近くでも、男性方と一緒だったとか……」


 事実は、どれも断片。

 けれど、それらは自然に一つの像へとまとめられていく。


「……男性が多すぎない?」


 誰かが、冗談めかして言う。


「まるで、選んでいるみたい」

「侍らせている、って言われてるわ」

「まあ……」


「言い過ぎでは?」


 一人が、控えめに制した。


「さすがに、それは……」

「本人は、そんなつもりじゃないかもしれないでしょう?」


 一瞬、空気が緩む。

 けれど――。


「でも、忠告はされたのよね?」

「ええ」

「それでも、距離を置く気はないって」

「だったら……」


 声が、低くなる。


「自覚がない、は通らないんじゃない?」

「むしろ、分かってやってるのかも」

「殿下方だけじゃ満足できなくて」


 くすくすと笑いが起きる。


「いろんな男性に囲まれて……品のないこと」


 その言葉に、誰も反論しなかった。

 噂は、もう"話題"で収まらない。


「まあ……」


 最後に、誰かが締める。


「いずれ、殿下方も気づくでしょう」

「どんな人なのか」


 そう言って、彼女たちは歩き出す。

 その背後で、中庭の空気だけが、静かに濁っていった。




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