表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢の願い  作者: なむそ
《貴族学校》

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/94

50.目をつけられてしまいました。

 


 図書室を出ると、空気が少しだけ変わった。


 静かな廊下のはずなのに、どこか張りつめていた。

 私は廊下を進みながら、先ほどの会話を頭の奥へ押し込めた。


 ――今は、切り替えよう。


 そう思った、その時。


「随分と、楽しそうだな」


 背後から、気だるい声。


 ……次から、次へと。


 足を止める前に、分かってしまった。

 この間の取り方。廊下に溶け込むような存在感。


「今度は、貴方ですか」


 振り返らずに言う。


「冷たいねぇ」


 軽く笑う声。

 振り向くと、そこにいたのは――壁に寄りかかり、腕を組んだままの男。

 セシル殿下だった。


「ユリウスと、ずいぶん仲がいいじゃねぇか」


 視線が、私の顔をなぞる。

 感情ではなく、誰と何を話したかを探る目。


「誤解ですわ」


 私は、表情を変えない。


「図書室での私語は、禁止されておりますもの」

「はっ」


 短く、鼻で笑う。


「今のは、そういう否定じゃねぇよ」


 一歩、近づかれる。

 距離は近いのに、触れない。わざとだ。


「――あいつの前だと、少し隙が出る」


 空色の瞳が、細くなる。


「気づいてねぇとでも思ったか?」


 私は、内心で舌打ちをした。


 ――やっぱり、見てたか。


「殿下は、私に興味が随分とおありで」


 視線を合わせる。

 彼の視線は、愉しげに細まる。


「そりゃあ、あいつの"弱点"かもしれねぇからな」


 一歩、距離を詰められる。


「弱点、ですか」


 私は、ほんの少しだけ首を傾げた。


「以前にも申し上げましたが、随分と便利な言葉ですわね」

「否定しねぇのか?」


 セシル殿下が、楽しそうに口角を上げる。


「違いますわ」


 淡々と返す。


「殿下がお考えになっているほど、私は特別な存在ではありません」

「へぇ?」


 探るように、瞳を細めて私を見ていた。


「ユリウスは、そうは思ってなさそうだったが」


 答えを引き出そうとする目。

 私は、それを真正面から受け止め――それから、すっと視線を外した。


「殿下」


 名前を呼ぶ。

 それだけで、場の空気がわずかに締まる。


「仮に、そうであったとしても……ユリウス殿下には婚約者がいます」


 言葉を選ぶ。

 選んでいると悟らせない程度に。


「私は、その事実を踏み越えるつもりはありません」


 淡々と、確認するように。

 セシル殿下は、少しだけ目を細めた。

 その反応は、失望というより――品定めに近い。


「ずいぶん、律儀だな」

「当然ですわ」


 即答する。


「立場を理解しているだけです」

「立場、ねぇ」


 彼は小さく笑った。


「それは、ユリウスの立場か?それとも――自分の?」


 迷いなく答える。


「私が曖昧な振る舞いをすれば、()()にとっても迷惑になりますもの」


 一瞬、風が通り抜けたように廊下が静まる。


「……つまらねぇ」


 そう言いながらも、セシル殿下の声には苛立ちはない。

 むしろ、少しだけ楽しそうですらあった。


「普通は、もう少し欲が出るだろ」


 視線が、ゆっくりと私をなぞる。


「殿下の期待に添えず、残念ですわ」


 私は、社交用の微笑みで彼を見た。


 セシル殿下は、視線を外さない。

 値踏みするような目――のはずなのに。

 その奥に、さっきまでなかった色が混じったのを、私は見逃さなかった。


「……なるほどな」


 セシル殿下は、顎に手を当てて、少し考える素振りを見せた。

 本当に、"少し"だ。


「よし、分かった」


 軽い言葉だった。


「お前、弱点じゃねぇわ」

「はあ」


 ――即断即決すぎる。


「ユリウスを揺らすには、もう少し分かりやすくねぇとダメだ」


 指を一本立てる。


「泣くとか、縋るとか、嫉妬するとかさ」

「……随分と具体的ですわね」

「当たり前だ」


 悪びれない。


「でも、お前はそうならねぇ」

「光栄ですわ」


 半分は本音だ。

 セシル殿下は、じっと私を見て――それから、急に笑った。

 玩具を見つけた子どものような、無邪気な笑みで。


「なのにさ」


 一歩、また近づく。

 距離が縮まった分だけ、空気が軽くなるのが逆に厄介だった。


「お前自身は、結構面白ぇ」


 ……そう来たか。


「殿下」

「安心しろって」


 手をひらひら振る。


「今すぐ何かするほど、俺も暇じゃねぇ」


 その言葉に、信用する気にはなれない。


「ただ」


 彼は顎を上げて、にやっとする。


「見てると、退屈しねぇ」


 評価基準が軽い。そして、致命的に正直だ。


「ユリウスのことも含めてな」

「……そうでしょうね」


 今までの張りつめていたものが、馬鹿みたいに思えてくる。

 溜息をつきそうになるのを、どうにか堪えた。


「お前さ」


 ふいに、笑みが消え、真顔になる。


「自分がどれくらい目立たねぇことしてるか、自覚あるか?」

「いいえ」


 即答する。


「それを計算しているつもりも、ありませんわ」

「そこだよ」


 指を鳴らす。


「そこが、面白ぇ」


 完全に玩具を見るような目だった。

 けれど――さっきまでより、危険度は下がっている。


「ま、いいや」


 彼の興味が一段落したらしい。


「弱点じゃねぇなら、無理に壊す理由もねぇ」


 そう言って、ひらりと背を向ける。


「せいぜい、その"当たり障りのなさ"を続けろよ」


 肩越しに、軽く振り返る。


「俺が飽きるまで」


 ――最後だけ、余計だ。


 足音が遠ざかる。私は、ようやく肩の力を抜いた。

 ……油断はできない。けれど、さっきよりはマシだ。


 やっと彼が、策士気取りの直感型だと理解した。扱いづらいが、読みやすい。


 私は歩き出す。次に会う時も、同じ顔で、同じ距離で。

 ――それが一番、彼を退屈させるはずだから。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ