表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢の願い  作者: なむそ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/46

44.夜の街は綺麗ね。




話題は、いくつか移ろった。

殿下の政務、最近の宮中行事、流行の装飾品。


どれも当たり障りのないものばかり。

けれど、言葉の端々に混じるのは、同じ価値観を共有しているかの確認だった。


私は、それに過不足なく応じた。

深く踏み込まず、否定もせず。

ただ、"分かっている側"の距離で。


やがて、扉の方から控えめな足音が聞こえる。


ルミナと、クロエ様が戻ってきたのだ。


庭園で言葉を交わしたのだろう。

二人の表情には、来た時よりも打ち解けた色が浮かんでいる。


セレフィーナ様は、その様子を一瞥し、すぐに微笑みを整えた。


「まあ……お散歩はいかがでした?」


声は穏やかで、先ほどまでの緊張は一切感じさせない。


「ええ。とても、気持ちがよかったです」


ルミナは、そう答えて一礼した。

余計なことは言わない。何もなかったかのように。


……賢いわね。

私は、内心でそう評価する。


その後、セレフィーナ様は軽く手を打った。


「それでは、そろそろお開きにいたしましょうか。

本日は、皆様お忙しい中、ありがとうございました」


令嬢たちが一斉に立ち上がる。

椅子の音、ドレスの裾、社交用の笑顔。


――すべてが、予定通りね。


見送りの流れの中で、セレフィーナ様が、ふと私の側へ歩み寄った。


「ネメシア様」


周囲には、誰もいない。

ちょうど、一瞬だけ生まれた隙間。


「今日は……本当に助かりましたわ」


声は低く、確信を帯びている。


「場を読める方がいてくださると、安心いたします。

やはり、公爵家を預かる方は違いますわね」


―――完全に、こちら側の言い方ね。


私は、軽く微笑んだ。


「恐れ入りますわ。セレフィーナ様の心配あってこそです」


そう返すと、セレフィーナ様は満足そうに頷いた。


「また、ぜひご一緒したいですわ。……今後とも、よろしくお願いいたします」


その"今後"が何を指すのか、分からないふりをしたまま。

私は、静かに一礼した。


「こちらこそ」


馬車へ向かう途中、ルミナがちらりとこちらを見る。

何も言わずに、私たちは馬車へと乗り込んだ。


今日、私は"敵側"に立った。

けれど、それは裏切りではない。

守るために、踏み込んだ場所だ。


私は、視線を前に戻す。


セレフィーナ様は、もう疑っていない。

私は、完全に――味方だと思っている。


次に何が起きるか。

誰が、どこまで動くのか。


―――全部、見届けてあげるわ。




――――――


馬車が動き出す。


車輪の音だけが、一定の間隔で続いた。

向かいに座るルミナは、外を見ている。


沈黙。


私は、あえて何も言わなかった。

今日一日の役目は、もう終わっている。


……先に口を開いたのは、ルミナだった。


「――お姉様、ありがとう」


声音は低く、控えめ。感情を押し付けない言い方。

私は、窓の外から視線を外さないまま答える。


「何のことかしら」


素っ気なく。

本当に、思い当たらないふりをする。


「……ただ、お礼を言いたかっただけ」


私は、ようやく彼女を見る。

ルミナは、小さく笑っていた。


「……そう。なら、それでいいわ」


それ以上、続けなかった。

沈黙が、戻る。

けれど今度は、行きの時間より少しだけ柔らかかった。


馬車は、静かに夜へ向かって進んでいく。




―――――――――



馬車の揺れは、思ったよりも静かだった。

規則正しい車輪の音が、胸の奥に溜まった緊張を少しずつ削っていく。


向かいに座るお姉様は、窓の外を見たまま、こちらを見ない。

今日一日、何度も見た横顔。

冷たくて、遠くて、それでも――変わらない人。


……やっぱり、言わないつもりだった。


感謝の言葉なんて口にすれば、お姉様はきっと困ったように距離を取る。

それが、分かっていた。


けれど、沈黙が続くほど、胸の奥が少しだけ苦しくなった。


「――お姉様、ありがとう」


声は、自分でも驚くほど静かだった。

説明も、理由も込めない言い方。


返ってきたのは、予想通りの言葉。


「何のことかしら」


外を見たまま。

視線は、最後までこちらに来なかった。


……そういうところ。

私は、思わず小さく笑ってしまった。


「……ただ、お礼を言いたかっただけ」


それ以上、求めるつもりはなかった。

分かってほしいわけでも、認めてほしいわけでもない。


ただ――

今日、私を守るために立ったその背中を、ちゃんと見ていたことを伝えたかった。


お姉様が、ようやくこちらを見る。

少しだけ、困ったように肩をすくめていた。


一瞬だけ、目が合う。


「……そう。なら、それでいいわ」


そこで、終わり。


優しい言葉も、慰めも、ない。

けれど――拒絶でもなかった。


沈黙が戻る。

でも、行きの馬車とは違う。

空気が少しだけ、柔らかい。


お姉様は、再び外へ視線を戻した。

耳元で光る紅い飾りが視界に入り、私も外を見る。

夜の街灯が、静かに流れていく。


……まだ、距離はある。


それでも……同じ馬車に、同じ方向へ向かっている。


それだけで、今日は十分だと思えた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ