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悪役令嬢の願い  作者: なむそ


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45/46

43.彼女を悪く言われるのは、あまり好まないわ。




―――貴族派の考えね。


聞いたことがある。

第二王子、セシル殿下は平民を嫌っていることを。

血と家名を重んじ、身分の混じることを何よりも忌む。


だからこそ、

彼を支持する者たちは、同じ価値観を疑いもしない。


生まれ。

血筋。

育った場所。


それだけで、人の価値が測れると信じている思想。


……分かりやすいわ。


ルミナが何を成したかではない。

何を救ったかでもない。

ただ、どこから来たか。

それだけで、忌み嫌われる。


ルミナは、クロエに向かって小さく首を振った。


「大丈夫よ。気にしていないから」


それは本心だ。

彼女は、本当に気にしていない。

何年も同じ屋敷で過ごしてきた。

その声の調子も、目の色も、私はよく知っている。


私は、カップを持ち上げ、静かに一口含んだ。

まだ、動く必要はない。

けれど、この空気。

ルミナを罵るだけなら、私を同席させる必要はない。


―――何を、企んでいるのかしら。


私はふと、セレフィーナ様へ視線を向けた。

その動きに気づいたのか、彼女はにこりと微笑む。

そこに、敵意は見えない。


「……それにしても」


柔らかな声で、セレフィーナ様は続けた。


「ネメシア様は、本当にご立派ですわね」


一瞬、場の空気が落ちる。


「公爵家を支え、屋敷をまとめ上げて、

厳しい決断もきちんとなさっていると伺っていますわ」


――褒め言葉のようね。


非の打ちどころのない、社交辞令。

けれど。

その視線は、探るものではなかった。

試すことでも警戒でもない。

最初から、そうだと決めている目だった。


私は、わずかに唇を緩めた。

肯定とも否定とも取れない、曖昧な微笑み。


「……過分なお言葉ですわ」


静かに、そう返す。


「私がしているのは、家を預かる者として当然のことですわ。

特別なことではありません」


謙遜としては、完璧。

同時に――否定もしない。


セレフィーナ様の目が、わずかに細まる。

私は、あえてルミナを見なかった。

彼女を庇う言葉も、距離を取る言葉も、口にしない。


……やはり、そういうことね。


私は紅茶の水面を見つめたまま、静かに結論を下す。

この場に集められたのは、ただの冷やかしじゃない。


―――彼女たちは、私を"味方"だと思っているのね。


平民を王族の隣に立たせることを、快く思わない人たち。

そして、私がルミナに対して冷たい、という噂。


なら……利用させてもらうわ。


敵になる可能性があるなら、なおさら。

外から睨むより、中にいた方がいい。


誰が口火を切るのか。

誰が噂を広げ、誰が実行に移すのか。

―――これからのために、見ておく必要がある。


ルミナは、気にしていない。

だからこそ、私が気にしなければならない。


私は、ゆっくりと顔を上げる。


―――貴女たち、私のために使わせていただくわ。

守るために、ね。



紅茶の香りが、少しだけ濃くなった気がした。


「……誤解なさらないでくださいね。ルミナ様」


セレフィーナ様は、柔らかな笑みを崩さない。


「誰も、貴女を責めているわけではないのですわ。

ただ……立場というものは、本人の意思とは関係なく、周囲に負担をかけてしまうこともあるでしょう?」


カップを置く音が、静かに響く。


「王族の婚約者ともなれば、守られるだけでは済まされませんもの。

それを思うと……少し、心配になるのです。

貴女が悪いわけではないからこそ」


セレフィーナ様の言葉に、取り巻きの一人が、同調するように続ける。


「ええ。可哀想、という意味ですの。

期待される役目が、あまりにも重すぎて」


別の令嬢も、クスクスと小さな笑いを交じりに言う。


「背負いきれないものを背負わされるのは……辛いですものね」

「ええ。だからこそ、なおさら心配になりますわ」


―――心配。

便利な言葉ね。


「……皆様。ご心配をありがとうございます」


ルミナは、そう言って一度だけ深く頷いた。

その所作は、丁寧で、静かで――揺らぎがない。


「ですが……少しだけ、訂正させてください」


場の空気が、わずかに張り詰める。


「私は、自分の立場が"重い"ことを理解しています。

王族の婚約者であることも、期待されている役割も」


穏やかな声。


「それでも、背負えないとは思っていません」


セレフィーナ様の微笑みが、ほんの一瞬だけ止まった。


「守られるだけの存在でいるつもりもありません。それに――"可哀想"と言われるほど、弱い覚悟でここに立っているわけでもありません」


ルミナは言い切った。


声を強めたわけではない。

感情をぶつけたわけでもない。

ただ、事実を述べただけだ。


「平民であったことは、変えられません。

でも……それで学んだこと、見てきたものもあります」


一拍置いて、微笑む。


「それらすべてを含めて、私はここにいます」


視線は、誰か一人を射抜くものではない。

けれど――逃げ場も、与えていなかった。


……ああ。

やっぱり、この子は折れない。強いわね…。


しかし、一瞬だった。


セレフィーナ様の口元が、わずかに強張った。

微笑みは崩れていない。

けれど、目だけが冷えていた。


……来る。


私は、そう直感した。


このまま続けば、言葉はもっと酷くなる。

それでは――私が、ここにいる意味がなくなる。


――ここで、止めさせていただきますね。


私は、ゆっくりとカップを置いた。

音は小さく、けれど、確かに場に届く。


「……少し、空気が重くなりましたね」


唐突な一言。

けれど、誰も否定できない。


私は、ルミナへ視線を向ける。


「ルミナ。貴女は庭園を少し歩いていらしたら?

クロエ様も、ご一緒に」


柔らかい声で告げた。


名を出されたクロエ様が、はっと顔を上げる。


「え……わ、私も…?」

「ええ。気分転換になるでしょう?」


断定ではない。

けれど、選択肢を与えない言い方。


ルミナは、私を見た。

ほんの一瞬、迷うように。

――すぐに、察した。


「……ありがとうございます。そうさせていただきます」


立ち上がる所作は、落ち着いている。

怯えも、逃げも見せない。


セレフィーナ様が、言葉を挟もうとするより早く、私は視線を戻した。


「私たちは、"楽しく"お話でも続けましょうか」


ルミナたちの背中が扉の向こうに消える。


それを見届けてから、セレフィーナ様はゆっくりと息を吐いた。

まるで、場が整ったかのように。


「……お気遣い、ありがとうございます。ネメシア様」


声は柔らかい。

先ほどまでの棘は、綺麗に仕舞われている。


「やはり、少し張りつめていましたものね」


私は、曖昧に微笑んだ。


「お茶会は、楽しい場であるべきですから」


否定も肯定もしない返答。

けれど、それだけで十分だったらしい。


セレフィーナ様は、満足そうにカップへ口をつける。


「流石ですわ。無駄に波風を立てない。

感情で動かれないところ……とても、貴族的ですね」


その言葉に、取り巻きたちが小さく頷く。


―――なるほど。

やはり、私を"こちら側"として扱っている。


「義妹様には……少々、難しい空気でしたわね」


探るような言い方。

同情を装った、確認の言葉。


私は、紅茶の水面を見つめたまま答えた。


「育った世界が違えば、価値観も違います。それ自体は、仕方のないことですわ」


冷たいほどに、整った言葉。


セレフィーナ様の目が、わずかに輝いた。


「ええ!そうですわよね。やはり、血の違いというものは、簡単には埋まりませんもの」


その言葉が、空気に落ちる。


私は、表情を変えなかった。

否定も、肯定もしない。

ただ、カップを指先で軽く回す。


「……ところで」


一拍置いてから、穏やかな声で続けた。


「セシル殿下は、本日もご多忙だと伺いましたわ。

第二王子ともなれば、政務に追われる日々でしょうね」


価値観から、立場へ。

思想から、役目へ。


それは、誰も否定できない話題だった。


セレフィーナ様の視線が、すっとこちらへ戻る。

一瞬だけ、空気が切り替わるのを感じた。


「ええ……そうなのです」


彼女は、微笑みを整え直して頷く。


「殿下は責任感がお強いお方ですから。最近は特に、お休みもほとんど取られていないようで」


その言葉に、取り巻きたちも同調する。


「本当にご立派ですわ」

「お身体が心配になりますわね」


話題は、完全に移った。

私は、再び紅茶へ視線を落とす。


――これでいい。

これ以上、ルミナを話題にされる必要はない。




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