表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢の願い  作者: なむそ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/46

41.私たちの役目。

ルミナ視点多めです。




あれから、半年が経った。


季節は移ろい、屋敷の空気も落ち着いた。

規律は定着し、私語は消え、帳簿の数字は乱れない。


問題は起きない。

正確には――起きる前に、消える。


それが、私の仕事だった。


使用人たちは必要以上に近づかず、視線を合わせることも少なくなった。


―――恐れられている。


それで十分よ。

この屋敷で、最も安全な距離だ。


変わらなかったものは、ほとんどない。


……一つを除いて。


私は、机の上の書類から視線を外した。

扉の向こうにいるはずの気配を、無意識に探してしまう。


彼女が、いない。

半年前から――ずっと。


言葉を交わさないまま、和解もしないまま、

時間だけが積み重なった。


それでも、日常は進む。


止まることは許されない。

止めれば、誰かが巻き込まれる。

……もう、見たくない光景を。



机の上に一通、封書が置かれていた。


淡い色の便箋。上質な紙と、過不足のない装飾。

差出人を見なくても、内容は察しがつく。


――お茶会。


私は手を伸ばさず、しばらくそれを眺めていた。


ここ半年、こうした招待は増えている。

社交の再開。形式的な挨拶。"公爵令嬢"としての顔を、外へ向けるための儀式。


けれど、私は違う。

こういう誘いは、交流でも親睦でもない。


ただ、"見たい"だけだ。


噂の悪役令嬢が、どんな顔で社交の場に立つのか。

本当に、冷たいのか。

聖女である妹と、どんな距離で並ぶのか。


――格好の見世物。


封を切り、文面を読む。


文言は完璧だ。

季節の挨拶。穏やかな誘い。気遣いを装った言葉選び。

けれど、その行間は、やけに透けて見える。


同行者の欄に、当然のように書かれた名。


『ルミナ』


私は、そこだけを指先でなぞった。


なるほど。やはり、そう来るのね。


姉妹で参加する姿。

並んで座るのか、距離を取るのか。


―――噂の的。


私は、招待状を机に戻した。

腹立たしさは、ない。

傷つくほど、もう期待していない。


これは、好意ではない。

社交の仮面を被った、好奇心だ。


「……冷やかしね」


声に出す必要もない。

結論は、最初から決まっている。


それでも――

断る理由は、ない。


むしろ、断れば「逃げた」と言われる。

出れば、噂されるだけ。


ならば、出るしかない。


私はペンを取り、返事を書く。


『喜んで出席いたします』


その一文に、感情は乗せない。

招待状を閉じ、封を整える。


―――見たいなら、見せてあげる。


私が、どんな役を選び、どんな顔で立つのか。


そして、ルミナの隣に立つ"悪役"が――どれほど計算をしているかを。


私は静かに立ち上がった。


舞台は整っている。

観客も、揃う。


あとは――私が、役を演じるだけだ。




―――――――――



半年が経っていた。


長いようで、短い時間。

けれど私にとっては、指で数えるのもつらいほどの半年だった。


この期間、お姉様とは話していない。

言葉を交わさないまま、同じ屋敷で、同じ時間を過ごしている。


廊下ですれ違えば、足音だけが残る。

食事の席では、互いに視線を交わさない。

声をかけることも、名前を呼ぶこともない。


それでも――

お姉様は、いつも傍にいた気がした。


屋敷は、驚くほど静かだ。

使用人たちは規則正しく、無駄口を叩かない。

問題は起きず、混乱もない。


全部、お姉様が整えたのだと分かっている。


そのせいで、誰もが距離を取る。

敬意と恐れが混じった視線。

近づかないことが、暗黙の了承。


私は、その中に立っていた。


――お姉様の妹として。

けれど、味方でも、敵でもない存在として。


「……大丈夫」


誰に向けた言葉か分からないまま、そう呟いた。


大丈夫なはずだ。

時間が経てば、きっと。

今は、そっとしておくのが正しいのだと。


そう思わなければ、本当にお姉様の事から、目を逸らしてしまう。


それなのに……。


ふとした瞬間、思い出してしまう。

あの時の冷たい声。

「必要ない」と言われた時の、目。

私とお姉様の線を引かれた、あの瞬間。


胸の奥が、きゅっと痛む。


―――なのに

私は、お姉様のことを諦めきれていなかった。


「……ねえ、ユリウス殿下」


自分でも驚くほど、弱い声だった。


ユリウス殿下は、私の向かいで紅茶を口に運んでいた。

彼だけは変わらず、いつも通りに接してくれる。


「どうしたの?」


優しい視線を向けてくる。

急かさない、詮索もしない。


だから――言ってしまった。


「お姉様と……ずっと、話してないの」


カップを置く音が、小さく鳴った。


「半年?」


ぽつりと、事実だけが返ってくる。


「うん……」


それ以上、言葉が続かない。

どう説明すればいいのか、自分でも分からなかった。


距離を置かれた。

突き放された。

でも、嫌われたと断言する勇気もない。


ユリウス殿下は、少し考えるように視線を落とした。


「ネメシア令嬢は、今も屋敷を仕切ってるの?」

「……ええ。それも完璧に」


そう答えると、彼はわずかに息を吐いた。


「じゃあ、多分――彼女にとっては順調なんだ」


胸が、ちくりとした。


「それって……いいこと、だよね?」


ユリウスは、首を傾けた。


「屋敷にとっては、ね」


一拍。


「でも、君にとっては違う」


はっきり言われて、言い返せなかった。


「彼女は、自分が悪者になる前提で動いている人に見える」


心臓が、跳ねる。


「ユリウス殿下から見てもそう思う?」

「ああ」


ユリウス殿下は、すぐに続きを言わなかった。

紅茶の表面を、指先で静かに揺らす。


「君のお姉様はね」


穏やかな声だった。


「"誰かを守るために嫌われる"ことを、選べる人だと思う」


胸の奥が、きゅっと締まる。


「だから、距離を取ったんだろうね。君を巻き込まないために」


私は、思わず目を伏せた。


「……でも、それって」


言葉が、喉で詰まる。


「私は、守られたいわけじゃないの」


ユリウス殿下は、ゆっくり頷いた。


「うん。知ってる」


即答だった。


「でも、彼女は"君が傷つく可能性"を、できる限りゼロにしたかったんじゃないかな」


一拍置く。


「それが、彼女の優しさの形だったんだと思うよ」


胸が、じんわりと痛む。


「じゃあ……私は、どうすればいいの?」


声が、震える。


答えを強要するような問いではなかった。

ただ、縋るような言葉。


ユリウス殿下は、少しだけ微笑んだ。


「無理に踏み込まなくていい」


その言葉に、息が詰まりそうになる。


「正面から向き合おうとしなくていいし、答えを出さなくてもいい。

君が傷つく覚悟を決める必要もない」


その言葉が、胸の奥にゆっくりと沈んでいく。

私は、ようやく顔を上げた。


「じゃあ……」

「ただ、"同じ場所にいる"選択肢を、捨てなくていい」


一瞬、意味を測りかねて黙る私に、ユリウス殿下は少し困ったように笑った。


「心の話だよ。

立場も、役割も、やり方も違っていい。でも――

彼女を"否定しない場所"に、君が居続けることはできる」


胸の奥に、静かに落ちてくる言葉だった。


「……それだけで、いいの?」

「十分だと思うよ」


即答だった。

そして、少しだけ声を落とす。


「それでも不安なら――僕を使えばいい」


顔を上げると、彼は冗談めいた笑みを浮かべていた。

けれど、その目は真剣だった。


「君がこれ以上、悲しまないなら、

君のお姉様が気に病まなくて済むなら」


一拍、間を置いて。


「僕は、いくらでも利用されるよ」


私は、ユリウス殿下の言葉にしばらく黙り込んでいた。


―――利用してもいい。


その優しさが、かえって迷いを生む。

軽く差し出された言葉ではないと、分かっている。


……けれど。

お姉様を、これ以上一人にしたくなかった。


私が何もしなければ、お姉様はこれからも、悪役であり続ける。

それを黙ってみているほど、私は大人じゃなかった。


―――使う、だけ。


そう居聞かせるように、心のなかで繰り返した。

ユリウス殿下の立場と距離感。

それを借りることで、お姉様が一人で背負わずに済むのなら……。


小さな罪悪感に、目を伏せる。


……ごめんなさい。


声に出さず、心の中で呟いた。


それでも、決めた。


同じ場所に、いるための選択だ。

私は、まだ封を切っていない招待状に、そっと視線を落とした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ