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悪役令嬢の願い  作者: なむそ


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38/43

36.踊りましょう。/綺麗な二人。

ユリウス視点とルミナ視点。




夜の会場は、祝祭の余韻でまだ温かかった。

ルミナ令嬢と踊り終え、各貴族に挨拶を返していた。

ふと、視界の端に目をやった。


群青のドレス。

ルミナ令嬢と並ぶ、もう一人の主役――ネメシア令嬢。

彼女は楽しんでいる様子もなく、笑顔もない。


人々の視線が向かう場所に立ちながらも、彼女だけがひときわ孤立しているように見える。

その姿が、胸の奥をざわつかせた。


「……」


言葉をかける間もなく、彼女は静かに部屋の奥へ向かって歩いていった。

追いかけたい衝動に、なぜか駆られる。

だが、王子としての挨拶はまだ終わっていない。


一通りの対応を済ませ、会場の端から再び視線を巡らせる。

ネメシア令嬢は回廊の影に消えかけていた。

深く息を吸う。

追うべきか、距離を保つべきか――


考えるよりも先に、直感が足を動かしていた。



夜気が、まだ回廊に残っていた。

柱の影から一歩離れた場所に、彼女は立っていた。

会場の光から外れ、祝祭から距離を取るような背中。


―――戻らないのか?


そう思った瞬間、足が自然と動いていた。

追いかけるつもりはなかったはずなのに、気づけば声をかけていた。


「――ここにいらしたのですね」


自分でも驚くほど、穏やかな声だった。

足音は軽く、ためらいがない。

それが、彼女に警戒させないための距離だと、直感的に分かっていた。


彼女は、少し間を置いてから答えた。


「少し、風に当たっていました」


振り向いたその顔は、会場にいたときよりも静かに見えた。

数歩の距離を保って立つ。

近づきすぎない。だが、去るつもりもない位置。


――踏み込めば、拒まれる。

けれど、この距離ならまだ話せる。


「……先ほど、誰かと?」


曖昧な聞き方を選ぶ。

断定もしなければ、詮索もしない。

彼女が退きたければ、退ける問いだ。


「ええ」


それだけ。

否定も、説明もしない。


沈黙が落ちる。

回廊の奥で、風が石に触れる音がした。


―――主役のはずなのに。


会場で見た彼女は、楽しそうではなかった。

祝福の中心に立つのでもなく、ただ距離を取っていた。


「……デビュタントは、楽しくありませんか?」


気遣いの形をした問い。

試すつもりはない。ただ、理由が知りたかった。


返ってきた答えは、迷いがなかった。


「楽しむ前提で過ごしてませんから」


間を置かず、淡々と。


「楽しいかどうかは、重要ではありません」


低く、凪いだ声。

感情がないわけではない。

ただ、表に出さないだけだ。


僕は、すぐに言葉を返せなかった。


会場から音楽が流れ込んでくる。

壁を越え、回廊の石に反射し、遅れて届く旋律。

祝祭は、まだ続いている。


―――それでも、彼女は戻らない。


「では――」


自分でも、なぜそう口を開いたのかわからなかった。


「一曲、踊っていただけませんか?」


正式な誘い。

軽くもなく、冗談でもない。


しかし、彼女は即座に首を横に振った。


「お断りします」


理由は語られない。


沈黙が落ちる。

……それでも、引く気にはなれなかった。


「……そうでしょうね」


また、自分でも驚くほどの穏やかな声が出た。

そして、考えるより先に次の言葉が続いた。


「では、言い方を変えましょう」


わずかに視線を逸らす。

彼女を追い詰めるつもりはない――そう自分に言い聞かせるように。


「会場ではなく、中庭で。正式なダンスではありません」


彼女が、こちらを見る。


「練習相手として、踊っていただけませんか?」


――口実だ。

誘いでも、役割でもない。


逃げ道を用意した、再提示。


彼女は答えない。

回廊に流れる音楽が、わずかに強くなる。


中庭はすぐそこだ。

扉の向こうに、夜と月明かりがある。


僕は、待つ。

急かさないし、押し切らない。

だからこそ、彼女は小さく息を吐いた。


「……卑怯ですね」


静かな声。

僕は、思わず微笑んでいた。


「ええ。承知の上で」


彼女は、少しだけ間を置いてから言った。


「……一曲だけです」

「もちろん」


迷いはなかった。

頷きながら、手を差し出す。


彼女は、その手を見る。ほんの一瞬の躊躇。

――そして


その指先が、静かに重ねられた。


「行きましょう」


僕はそう言い、ネメシア令嬢を中庭へと連れて行く。




―――――――――



会場には、まだ音楽が流れていた。

弦の音と足音、笑い声が重なり合い、祝祭の熱は途切れていない。


私は、何気なく視線を巡らせて――気づいた。


……いない。

お姉様と、ユリウス殿下の姿が、どこにも見当たらない。


端まで見渡す。

柱の陰、談笑の輪、踊る人々。

それでも、あの二人だけ見当たらない。


―――どこにいるんだろう。


胸の奥に、小さな引っかかりが生まれた。

嫌な予感、というほど強いものではない。けれど、放っておけない。


私は、会場の端へと足を向けた。


扉の向こうから、夜気が流れ込んでくる。

音楽はまだ続いているのに、空気の温度が少し違う。


回廊を抜け、中庭へ――。


そこで、私は足を止めた。

月明かりの下、二人が踊っていた。


夜の中庭に、静かな輪郭が浮かび上がる。

ユリウス殿下と、お姉様。


言葉は届かない。

音楽も、壁越しに遅れて流れてくるだけ。

けれど、その場に流れる空気だけは、はっきりと伝わってくる。


群青のドレスが、夜の色に溶けるように揺れている。

殿下の動きは静かで、無駄がない。


―――綺麗だ。


不意に、そんな感想が浮かんだ。


距離。立ち位置。影の重なり。

どこを切り取っても、不足がない。


そこで、私は気づく。

これを"出来事"ではなく"場面"として見ている自分に。


時間が一拍、止まったような感覚。

物語の中で、特定の瞬間だけで強く焼き付く――あの感覚。


……やっぱり。


私は、心の中で小さく頷いた。


二人を引き合わせた理由。

それは、恋愛だとか、運命だとか、そんな大層なものじゃない。

お姉様は、人を避ける。

私が近づけば、特に。


彼女は、無意識に距離を取ってしまう。

それは拒絶じゃない。ただ、私を守るために。


けれど――

ユリウス殿下の前では、彼女は逃げていない。


無理に笑っていない。

役割を演じてもいない。


ただ、そこに立って、手を重ねて、動いている。


―――それだけで、十分だった。


だから私は、殿下を選んだ。


彼女を変えてくれるからじゃない。

導くからでもない。


お姉様が、避けなくて済む相手だった。

それだけ。


私は、一歩前に出かけて――やめた。


今近づけば、お姉様は気配を察する。

そうなれば、この雰囲気は崩れてしまう。


だから、ここで止まる。


石畳に落ちる靴音。

月光に溶ける、二つの影。


私は少し引いた場所から、それを眺め続けた。

まるで、ここだけが切り取られた一枚絵のように。


私は、その光景を心にしまった。

理由も、名前もつけずに。


ただ――

"あの夜、確かにそうだった"

という事実だけを残して。


いつか思い出すかもしれないし、思い出さないかもしれない。

それでも、構わない。


これは、今すぐ触れるものじゃない。

未来のどこかで、必要になったときのための――

静かな一枚だった。



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