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悪役令嬢の願い  作者: なむそ


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30/43

28.駒として十分だわ。




「……随分と、派手なことをしたそうね」


目の前には、紅茶を嗜むサビーナ様。

紅茶の湯気の向こうで、その目だけが笑っていなかった。

私は彼女に呼び出され、この部屋へと足を運んでいた。


「座りなさい」


促され、私はサビーナ様と向かい合うように腰を下ろす。


「使用人たちの間でも、噂になっているわよ」

「…そうですか」


目の前のカップに、静かに紅茶が注がれる。


「毒は入ってないわ」


紅茶の水面を見つめていた私に、サビーナ様は何気なく告げた。

私はカップに手を伸ばし、温もりの残る磁器に指先を触れさせる。


一口、口に含む。

香りは穏やかで、わずかに渋みが舌に残る。毒の気配など、どこにもない。


「ルミナからも聞いたわ」


その名を聞いた瞬間、私はあの時のルミナの顔を思い出した。


「……」


私は静かに、カップを置く。


「彼女は…何か言ってましたか?」

「いいえ」


私の問いにサビーナ様は即答をした。


「…言わなかったわ。でもね」


サビーナ様は、紅茶に視線を落としたまま続けた。


「泣き跡が残っていたのよ。それに、あなたの話になると声を抑えるのが下手でね」

「……そうですか」


それだけ答えて、私は視線を伏せた。


「私はルミナの母です」


静かだが、はっきりとした声。


「――あの子に害が及ぶのであれば、私は容赦しない。……それは、あなたも分かっているでしょう?」

「ええ」


短く、肯定する。

サビーナ様は、ゆっくりと顔を上げた。その視線が、真っ直ぐに私を射抜く。


「……噂の言葉。あれは、真実なの?」


問いは曖昧だが、指しているものは一つしかない。―――私がルミナに告げた、「憎んでいた」という言葉。

私は、息を置いた。


「……それはお答えできません」

「…答えない、という答えね」


サビーナ様は、ため息ともつかない息を吐いた。


「それは、肯定とも否定とも取れる。……随分と、不器用な選び方をしたものだわ」

「そうですね」


私は、顔を上げる。


「ですが、これが私の決断です」


サビーナ様の指先が、カップの縁をなぞった。


「あなたは、自分がどう見られるかを分かってやっている?」

「はい」


私はその問いに即答する。


「嫌われても?」

「構いません」


沈黙が落ちる。紅茶の表面が、わずかに揺れた。


「……それが貴女の決意なのであれば、私からは何も言いません」


サビーナ様は一口、紅茶を口に含む。


「ですが――」


カップを置き、視線だけをこちらに向ける。


「ルミナを、あまり悲しませないことね。私は、貴女の義母でもなければ、味方でもないのですから」


サビーナ様は、私をじっと見つめていた。

怒りでも、警戒でもない。ただ、私の覚悟を量るような視線。


「理解しております」


私は短く答えた。それ以上、付け加える言葉はない。


サビーナ様は何も言わず、静かに紅茶へ口をつけた。

――それが、この対話の終わりを示していた。



「―――そういえば」


サビーナ様が、ふと思い出したように口を開いた。


「例の侍女は、今どうなっているの?」


私は一瞬だけ、視線を伏せてから、答える。


「現在も、別邸の地下に拘束されています」

「公爵様は?」

「処遇については、こちらに一任すると」


紅茶の器が、かすかに音を立てた。


「…そう」


サビーナ様は、少しだけ間を置いてから、私を見る。


「では、その侍女の処遇は――貴女に任せるわ」


その言葉を受けて、私はすぐには答えなかった。


「……どんな処遇でも構わないと?」


私の問いに、サビーナ様は静かに頷いた。


「構わないわ」

「…それでは、私の方で決断させていただきます」


私は、地下牢にいる彼女の顔を思い浮かべる。

――利用するには、十分すぎる。





―――――――――


薄暗い地下の一室は、湿った石の匂いがこもっていた。

灯されたランプの光が、鉄格子の影を床に落としている。


「……あら」


低く、掠れた声。

拘束された侍女は、顔を上げて私を見た。


「貴女が…来たのね」


私は数歩、彼女に近づく。

だが、檻の外からは一歩も踏み込まない。


「―――処分をしに来たわ」


その言葉に、侍女の唇がわずかに歪んだ。


「ふふ…」


喉の奥で、くぐもった笑い声が転がる。


「ネメシア…貴女は、いつまでもいいなりの"人形"であればよかったのに」


私は何も言わない。

ただ、静かに彼女を見下ろしていた。


「せっかく……貴女のために、私が手を汚してあげたのに」


視線が、私を射抜く。


「本当は、あの子が憎いはずよ」


その言葉に、胸の奥がわずかに軋む。

けれど、表情は動かさなかった。


「……いいえ」


私は、淡々と否定する。


「私が憎いのは、選ばれなかった自分自身」


一拍、置く。


「それと……守られていることに甘えて、何も変えようとしなかった自分よ」


侍女が、目を見開いた。


「だから、貴女は――」


言葉は、最後まで続かなかった。

私は、一歩だけ近づく。

鉄格子の向こう、彼女の目を真正面から見据える。


「ルミナに刃を向けた時点で、もう言い訳はできない」


静かな声だった。

裁く声でも、怒りの声でもない。

ただ、事実を告げるだけの声。


「エリザ」


一拍、置いてから続ける。


「――貴女は、私ではない」


一瞬で、侍女の顔から血の気が引いた。


「…っ、人形風情が……!」


吐き捨てるような叫びが、地下室に反響した。

その言葉に、私は眉一つ動かさなかった。


「そうね」


短く、肯定する。


「人形でも、悪女でも構わない」


私は懐から小さな硝子瓶を取り出し、彼女の足元の石床に置いた。

ランプの光を受けて、中の透明な液体が鈍く揺れる。


侍女の視線が、吸い寄せられるようにそこへ落ちる。


「……それ」


声が、わずかに震えた。


「ルミナが飲まされたものと、同じ毒よ」


淡々と告げると、彼女は息を呑んだ。


「安心して。即効性はないわ。苦しむ時間は…貴女が選べる」


沈黙。地下の空気が、重く沈んだ。


「悪魔……!」


侍女が、嗄れた声で叫んだ。


「全部、貴女のためにやったのに!」

「違うわ」


私は、首を横に振る。


「貴女は、自分の憎しみのためにやった。そして私は――」


一歩、距離を取る。


「その憎しみを、利用することにしただけ」


言葉を、選ばない。

取り繕わない。


「世間には、こう伝わる」


私は、視線を逸らさず続けた。


「ルミナへの嫉妬に狂った私が、侍女を唆した。けれど計画は失敗し、口封じに処分した、と」


侍女の顔が、理解に追いつかず歪む。


「そうすれば、ルミナは被害者でいられる。私は、誰からも信じられない"悪女"になる」


淡々と告げる。


「…歪んでる……」

「ええ、そうよ。愛しいルミナのためですもの」


震える声。

その瞳に宿るのは、恐怖だけ。


「選びなさい、エリザ」


私は、硝子瓶を指で押し出した。


「自分で飲むか。それとも、誰かの手を借りるか」


答えは、急かさない。

それもまた、罰だった。


私は、ゆっくりと踵を返す。


「…さようなら」


振り返らない。

情も、後悔も、ここには残さない。


鉄扉が閉まる音が、地下に低く響いた。

それで、終わりだった。




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