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悪役令嬢の願い  作者: なむそ


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29/43

27.私は守りたい。

途中、ルミナ視点入ります。



私は庭園を、当てもなく歩いていた。


あれから本邸には戻らず、別邸で過ごしていた。

形式上、罰を受けている立場でいなければならない。

それに―――今は、ルミナの傍にいるべきではない気がしていた。


別邸にまで届く情報は、限られている。

けれど、噂というものは風に紛れて、都合よく壁をすり抜けてくる。


「……聞いた?」

「ええ、もう正式だそうよ」

「第三王子殿下と、ルミナ様の婚約ですって」


庭園の手入れをする使用人たちの声が、風に乗って届いた。

手が、一瞬だけ止まる。


予想していなかったわけじゃない。

むしろ、そうなると分かっていた。


「…そう」


私は、誰に聞かせるわけでもなく呟く。

公には、まだ発表されていない。

教会と王家、公爵家の間で話しが整った段階だろう。


だからこそ、こうして"噂"の形で先に広がる。


―――聖女は、王家に迎えられる。


それは祝福であり、同時に逃げ場のない檻でもある。

私は、そっと目を伏せた。


「ネメシア様」


名を呼ばれ、振り向くとクロードが立っていた。


「公爵様が執務室でお呼びです」

「…わかったわ」


私は執務室へと足を運んだ。



公爵の執務室は、相変わらず静まり返っていた。

重たい扉を閉めると、外の音がすべて遮断される。


机に向かっていた公爵は、私を見るなり書類から視線を上げた。


「聞いているな」


前置きも、確認もない。


「…噂で、少し」


そう答えると、公爵は短く息を吐いた。


「第三王子との婚約は、すでに内定している。教会、王家、公爵家――三者で合意は取れた」

「正式な発表は?」

「準備が整い次第だ。時間の問題だろう」


淡々とした報告。

そこに、父としての感情はほとんど含まれていない。


「ルミナは?」

「聖女としての立場を理解している。……理解せざるを得ない、と言うべきか」


一瞬、公爵の言葉が鈍った。

それだけで、十分だった。


私は一歩、前へ出る。


「でしたら、公爵様。ひとつお願いがあります」


公爵の視線が、再び私を捉えた。


「今度は、何だ」

「私のデビュタントに―――ルミナと同時に行わせてください」


室内の空気が、わずかに張り詰める。


「…理由は」

「必要だからです」


私は、迷わず答えた。


「私が隣に立てば、必ず比べられます」


私は淡々と続けた。


「―――聖女と、問題を抱えた公爵令嬢。清らかな光と、噂にまみれた影。人は、必ず見比べる」


一拍置く。


「そして、比較の中でルミナは"選ばれる"」


悪女と並べば、聖女はより白く見える。

それが、社交界という場所の仕組みだ。


「私が悪くあればあるほど、ルミナは正しく尊く見える。聖女として目立たせるには、それが一番確実です」


視線を逸らさない。


だから、好かれなくていい。疑われて、噂されて、蔑まれて構わない。

私が堕ちることで、彼女が上がる。

それなら、この役は私にしかできない。


公爵は、しばらく黙って私を見つめていた。

秤にかけるような沈黙。


やがて、ゆっくりと息を吐く。


「……なるほどな」


机の上で指を組み、視線を落とす。


「お前は、自分が嫌われる前提で話している」

「ええ」


即答だった。


「守られる立場に戻りたいのではない。矢面に立ちたい、と言っている」


公爵の口元が、わずかに歪んだ。

笑みとは言えない。


「愚かだ、と言えばそれまでだ。だが―――」


視線が、再び私を捉える。


「理屈は通っている」


室内の空気が、ひとつ重くなる。


「聖女を際立たせるために、悪女を置く。社交界が好む構図だ」


その言葉に、私は一切反応を見せなかった。

公爵は椅子から立ち上がり、窓の方へ歩み寄る。


「……いいだろう」


背を向けたまま、淡々と告げられる。


「お前の提案を受け入れる。ネメシア・ルーインハイト――公爵令嬢としてのデビュタントを、ルミナと同日に行え」


それは、撤回されることのない宣告だった。

私は、静かに膝を折る。


「承知しました」


公爵は、振り返らなかった。

私はその背を一度だけ見据え、何も言わずに執務室を後にした。


執務室を出て、廊下を進んでいたときだった。


「お姉様!」


少し弾んだ、聞きなれた声。

振り向くと、ルミナが小走りで近づいてくる。


「お父様とお話ししていたんですね。お邪魔してしまって…ごめんなさい」


以前と変わらない。無邪気で、距離の近い態度。

私は、立ち止まらずに答えた。


「用件は?」


その声に、ルミナが一瞬だけ目を瞬かせる。


「…別邸で過ごしていると聞いて。何か、大変な思いしてないかと思って」


心配するように、覗き込む視線。

昔と同じ仕草。

私は視線を合わせず、歩みを止めた。


「そのような心配は不要よ」


淡々と告げる。


「私は罰を受けている立場。それ以上でも、それ以下でもないわ」

「でも……」


ルミナは一歩、近づく。

以前なら、その距離を許していた。


「お姉様は、何も悪くないって―――」

「私が本当に悪くないと?」


被せるように遮る。

ルミナは言葉を失う。


「……本当はね」


私は、ようやく彼女を見る。


「貴女のことが、憎かったのよ」


声は低く、静かだった。

怒りでも、涙でもない。


ただ、線を引くための言葉。


「……なんで」


ルミナの声が、掠れる。


「どうして、そんなこと言うの……」


その顔が、ゆっくりと歪んだ。


「貴女は……私の"場所"を簡単に奪ったじゃない…」


ぽたり、と。

ルミナの頬を伝って雫が落ちる。


それを見た瞬間、胸の奥がきしむ。

私は視線を逸らした。


「―――それだけで、十分な理由でしょう?」


声は、冷たいまま。


これ以上、その顔を見ていれば、演じきれなくなる。そう分かっていたから。

幸いにもルミナはそれ以上、何も言わなかった。


「……」


私は振り返らない。

そのまま彼女を廊下に残し、歩き出した。





―――――――――



廊下に、足音だけが残った。

お姉様は、振り返らなかった。一度も。


呼び止めようとして、声が喉で止まる。

伸ばしかけた手は、空を掴んだまま下ろされた。


私は、その場から動けなかった。


胸が痛い。

さっき言われた言葉が、まだ耳に残っている。


――憎かった。

――場所を奪った。


そんなふうに思われていたなんて、知らなかった。

……それでも。

私は、ゆっくりと息を吸う。


お姉様は、私を突き放した。

でも、怒鳴らなかった。責め続けることもしなかった。


ただ、距離を取っただけ。

―――いつから、そう思っていたの?


私は、頬に伝う雫を拭き取る。


けれど。


ふと、思い出す。

去っていく背中。その横顔。

揺れた、耳元。


「……」


私は、思わず息を止めた。


小さな、深い赤の石が嵌められたピアス。


間違えるはずがない。

あれは、私が――お姉様に贈ったものだ。


私の誕生日の時に、お姉様へ渡した品。

あの事件があってから、お姉様と会う機会がなくて、着けていることを知らなかった。


私は、胸の奥で何かが静かに形を成すのを感じた。


―――ああ。

やっぱりお姉様は、嘘をついている。


私を遠ざけるための言葉。傷つけるための態度。

でも、本当に嫌っていたら。本当に私を憎んでいたら……。


あのピアスを、着けるはずがない。


「……ばか」


私は、小さく呟く。


こんな、証拠を残して。

そんなに、優しいくせに。


お姉様は、きっと自分を悪者にしている。

私が守られるように。


だったら―――

私は、信じる。


言葉じゃない。態度でもない。

あの、小さなピアスを。


「…私は、信じる」


誰に聞かせるわけでもなく、私は呟いた。


お姉様がどんな顔をしていても、どんな役を選んでも。

あの人は、私の姉だ。


そして―――

私が、味方でいると決めた人。


だから今は、追いかけない。

手を伸ばさない。

でも、決して離れない。


私は、そっと胸の前で手を握った。


―――私ができることで、お姉様を救う。

それが、私の選んだ道だ。



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