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悪役令嬢の願い  作者: なむそ


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28/43

26.悪という道へ。



残された静けさの中で、私は考えていた。


今回の騒動が起きたのは、私の甘さだ。

公爵令嬢という肩書を持ちながら、私は何も選ばず、何も動かなかった。

父―――公爵の意向に従うだけの、操り人形。


私は、自分の身を守るために「侍女」という立場を選んだ。

目立たず、誰からも恨まれずに、静かに生きていける場所だと思っていた。


けれど、侍女は守られる存在ではない。

使われ、疑われ、切り捨てられる存在だ。

本来ならば―――守る側ですらない。


それでも私は、ルミナに守られてばかりいた。

だからこそ、彼女は狙われた。


私が()()()()()()でいる限り、同じことは、きっと何度でも起きる。


…ならば。

私が、()()()()の立場に戻ればいい。


守るために、嫌われることを選ぶ。

正しさよりも、立場を使う。


「……私が〈悪魔の子〉と呼ばれるのなら」


そう呟き、私は扉へと向かった。


「その役目、引き受けましょう」


ルミナが光の中で生き続けるためなら、私は闇に堕ちて構わない。


―――それが、私の選択だ。


そうして私は決意を胸に、ある場所へと足を向けた。




――――――


公爵の執務室の前で、私は一度だけ足を止めた。

深く息を吸い、背筋を伸ばす。


もう、逃げない。


ノックの音が室内に響く。


「入れ」


低い声に応え、私は扉を開けた。


執務机の向こうに座る公爵は、書類から視線を上げると、私を一瞥しただけで再び目を落とした。


「…ここには来るなと言っているはずだ」


公爵の声は低く、感情を排したものだった。

私は一歩、前へ出る。


「サビーナ様からお聞きになっているはずです。あの事件に、私は無関係だと」


公爵の視線が、わずかに動いた。


「隔離されたのは、形式上の措置でしょう?証拠が出るまで、という理由で」


私は視線を逸らさない。


「ですので私は公爵様に、お願いがあり、こちらへ参りました」


言い切ってから、私は一歩も退かない。

公爵もまた、視線を逸らさなかった。


「……お願い、か」


低く呟くその声に、感情は乗らない。


「ええ」


私は静かに、けれどはっきりと告げる。


「公爵様。―――取引をいたしましょう」


公爵は、すぐには返事をしなかった。

一拍、二拍。

その沈黙の間に、私を値踏みするような視線が走る。


「……条件を聞こう」


ようやく落ちた声は、低く、感情がない。


「何を望み、何を差し出すつもりだ」


取引だと認めたわけではない。

ただ、話す価値があるかを見極めようとしているだけ。


私は、その視線から逃げずに答えた。


「私を、正式に公爵令嬢の立場へ戻してください」


一瞬、空気が張り詰める。


「名だけではありません。公の場に立つ権利、発言権、そして―――裁量を」


私は言葉を選びながらも、退かなかった。


「代わりに、私を汚れ役にしてください」


公爵の手が、机の上で止まった。


「…どういうことだ」

「簡単なことです」


私は静かに告げた。


「例えば、今回の騒動で"公爵令嬢"である私が問題を起こした、と公にすれば――外からは、身内を切ったようにも映るでしょう」

「それが何だ」


「聖女である彼女は、より一層"清らかな存在"として称えられます」


公爵は、しばらく黙っていた。

視線を外さず、私を値踏みするように。


「……で」


低く、重たい声。


「それで、私にどんな利益がある」


問いではない。条件提示を求める声だった。

私は、息を吸う。


「三つ、あります」


指を立てることはしない。

数を示すだけで十分だった。


「一つ。汚点はすべて私が引き受けます。その分、"聖女ルミナ"の純度が上がる。…教会にも王家にも、疑いの余地を残さない。結果として、彼女は"選ばれる側"になるでしょう」


公爵の眉が、わずかに動いた。


「二つ。今回の毒事件ですが―――侍女が独断で動いた、という形ではなく」


私は、言葉を区切る。


「立場を奪われた私が、侍女に命じた。そう公にすれば、処罰されたのは"侍女"ではなく"公爵令嬢"になります。身内であろうと切る。その姿勢を、内にも外にも示せます」


視線を逸らさない。


「最後に三つ。私に公爵様の"仕事"を任せていただきたいです」

「なんだと…!」


公爵が机を拳で叩く。

乾いた音が、部屋に響いた。


「失礼しました。言葉が足りませんでしたね」


一拍置いて、私は続ける。


「…表に出せない方の、仕事です」


公爵の動きが、止まった。


「今まで私に写させていた帳簿。あれが"二種類"ある理由も」

「―――それ以上、言うな」


低い声が、空気を切る。

しかし私は、退かなかった。


「領地に出向いた時、耳にしました」


――最近また税が上がった。

――食事の量を減らしている家が増えた。


「帳簿と、民の声が合わなかった」


だから、調べた。それだけのことだ。


「…知っている、ということか」

「ええ。だからこそ私ならもっと、上手くできます」


公爵の声に、怒りはもうなかった。


「…それを、黙っている保証はあるのか」


公爵の視線が、私を射抜いた。試すような、冷たい目。

私は、わずかに口角を上げた。


「あります」


そう言って、私は一歩前に出る。


「私を―――公爵令嬢として、正式にお戻しください」


一拍、置いてから続ける。


「そうしていただければ、私は言いません」


公爵は、しばらく黙って私を見ていた。

怒りでも困惑でもない―――値踏みする目。


「…一つだけ確認させろ」


低く、抑えた声だった。


「お前は、いつまで味方でいられる?」


試すような、冷たい目。

感情を測るというより、価値を量る視線だった。


「状況が変わっても、立場が逆転してもだ。お前自身が切り捨てられる側になっても―――それでも、こちらに立つと言えるか」


沈黙が落ちる。


この問いは、脅しでも忠告でもない。ただの確認だ。

"使えるかどうか"を見極めるための。


私は、視線を逸らさなかった。


「……公爵令嬢という立場でいる限り」


私は一度だけ息を吸い、言葉を続けた。


「私は公爵家に不利益となる行動は一切いたしません。世間から"悪女"と呼ばれようと、"失敗作"と切り捨てられようと―――

私は喜んで、泥を被ります」


そして、視線をまっすぐに向ける。


「ですから公爵様。私を使うか、黙らせるか……お選びください」


公爵は、しばらく私を見つめていた。

怒りでも、迷いでもない。ただ値踏みする視線。


やがて、ゆっくりと椅子にもたれかかる。


「…いいだろう」


その一言で、空気が変わった。


「ネメシア・ルーインハイト。本日付をもって、お前を正式に公爵令嬢として復帰させる」


淡々とした声。

けれど、それは撤回されることのない宣告だった。


「名のみではない。公の席への出席、発言権、社交への参加。すべて、公爵家の娘として扱われる」


私は、ただ黙って聞いていた。


「―――ただし」


公爵の声が、わずかに低くなる。


「お前は、表に立つ"清廉な娘"ではない。必要とあらば、嫌われ役を引き受ける存在だ」


その言葉に、私は一歩前に出た。


「承知しております」


即答だった。

公爵は、ほんの一瞬だけ口角を上げる。


「では、決まりだ」


机の引き出しから、一枚の書類が取り出される。

封蝋には、公爵家の紋章。


「これより、お前は―――侍女ネメシアではない。公爵令嬢ネメシアだ」


私は、静かに膝を折る。


「―――お受けいたします」


顔を上げたとき、もう迷いはなかった。




―――今度は私が、守る番よ。



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