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悪役令嬢の願い  作者: なむそ


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24/43

22.ルミナ、おめでとう。




誕生日当日の朝、屋敷はいつもより少しだけ早く動き始めていた。

廊下を行き交う使用人の足取りが軽く、花の香りが微かに漂っている。


今日は、ルミナの誕生日。


十二歳になる、その日だ。


私はいつもと同じ時間に起き、いつもと同じように身支度を整えた。

けれど、胸の奥だけが落ち着かない。


―――今日は、特別な日。


そう意識してしまう自分を、少しだけ持て余しながら、私はルミナの部屋へ向かった。


扉をノックすると、返事よりも先に中から足音が聞こえた。


「ネメシア!」


扉が開くより早く、ルミナが飛び出してくる。

私は思わず足を止め、腕を伸ばして受け止めた。


「おはようございます、ルミナ様」

「おはようじゃないわ。遅い!」


そう言いながら、ルミナは頬を膨らませ、私の袖を掴む。

力は弱いが、離す気はなさそうだ。


「今日は誕生日なんだから、一番最初に来てくれると思ってたのに」

「まだ朝ですよ」

「だからよ」


理屈になっていないのに、堂々と言い切る。


私は小さく息を吐き、部屋の中へ促した。

ルミナは満足したように頷き、今度は私の背中にぴたりと寄り添ってくる。


「今日は一緒にいてくれるでしょう?」

「仕事が一段落つけば、ですけれど」


そう言うと、ルミナは少し不満そうな顔を浮かべた。


「…早めに終わらせてね」

「もちろん」


私はルミナの髪に手を伸ばし、身支度に取りかかった。



身支度を終えたルミナは、いつもより一層きれいだった。

淡い桃色の髪に、控えめな刺繍が施された水色のドレス。


「どう?ネメシア」


ルミナはあどけない笑顔を向けてくる。


「とても綺麗よ」


それは、飾りのない素直な感想だった。

立ちふるまいも含めて、ルミナはもう立派な公爵令嬢だ。


「…えへへ」


私の言葉に、ルミナの顔がふっと緩んだ。


「…それでは、私は準備がございますので。また後ほど」


そう言って、私はルミナのもとを立ち去った。



今年の誕生日パーティーは、他の貴族を呼ばない。

ルミナが小規模がいい、と公爵にお願いしたらしい。


だからといって、手を抜くわけにはいかない。

私は与えられた仕事をこなすために、持ち場へと向かった。



――――――


会場の準備は、滞りなく終わった。

飾り付けは豪華に、不足がないように。

小規模とはいえ、主役は公爵令嬢だ。


花の配置、卓の位置、給仕の動線―――ひとつずつ確認し、ようやく肩の力を抜いた。


「…これで大丈夫」


誰に聞かせるでもなく、そう呟く。

残りの細かい作業は他の人達に任せよう。


私はその足で、自室へと戻った。

廊下の喧騒を背に、扉を閉めると途端に静けさが戻る。


机の引き出しを開け、奥にしまっていた包みを取り出した。

布で丁寧に包まれた、それほど大きくない贈り物。


「……」


指先で撫でると、布越しにかすか凹凸を感じる。

時間をかけて縫った、その感触。


公爵令嬢への贈り物としては、きっと控えめすぎる。


「ルミナは、喜んでくれるかしら」


そんな心配をするまでもなく、きっと喜んでくれる。

そう思っていても、やはり少し不安だった。


私は包みを胸に抱え、深く息を吸った。

もうすぐ、誕生日の席が始まる。


この手で渡すために、私はその場へと向かった。



扉を開けると、柔らかな光と静かなざわめきが広がっていた。

食卓は整えられ、花が飾られ、いつもの広間より華やいで見える。


その中で、真っ先に視線が合った。


―――ルミナ。


部屋の奥、談笑する使用人たちに囲まれながらも、彼女はこちらを見ていた。

気づいた瞬間、ぱっと表情が変わる。


一拍置くこともなく、ルミナは椅子を離れた。


「ネメシア!」


名前を呼ぶ声が、はっきりと届く。

ドレスの裾を押さえながら、小さな足でこちらへ駆けてくる姿は、どこか子供らしくて…。


私は思わず、その場で足を止めた。


「もう、遅いわ」


そう言いながらも、非難の色はない。

近くまで来ると、ルミナは私の袖を掴んだ。


「ちゃんと来てくれたのね」

「ええ。約束ですから」


そう答えると、ルミナは満足そうに頷いた、

その手は、離れそうにない。


私は持っていた包みを、そっとルミナに差し出した。


「ルミナ、お誕生日おめでとう」


ルミナにしか届かないよう、声を落として告げる。

姉として、彼女へ贈る祝福の言葉だった。


するとルミナは、はっとしたように目を見開く。

一度私の顔を見てから、ゆっくりと包みへと視線を落とした。


「……ありがとう」


ルミナは私から包みを受け取ると、それを大事そうに胸に抱えた。


「開けてみても?」

「ええ」


ルミナは、包みを壊さないように、丁寧に解き始める。


「まぁ…」


ルミナの手元には、赤いアネモネの刺繍が施された手巾があった。

私が昔から好きな花。


「とっても嬉しい…大事にします」


そう言って、ルミナは無邪気に笑った。

私はその笑顔を見た瞬間、胸の奥に張りつめていたものが、ほどけた。


……よかった。


ただそれだけで、十分だった。

高価かどうかでも、出来映えでもない。

彼女が「大事にする」と言ってくれた事実が、すべてだった。


「ネメシア?」


名を呼ばれて、私は顔を上げる。


「今度は、私の番よ」


そう言って、ルミナは少しだけ得意げに微笑んだ。

そして、そっと手を差し出す。


小さな包み。

私が渡したものより、ずっと簡素で、軽い。


「開けて」


言われるまま、包みを解く。

中にあったのは、一対のピアスだった。

小さく、主張しすぎない造り。

淡い金色の台座に、深い赤の石がはめ込まれている。


「……」


言葉を失っていると、ルミナが続けた。


「ネメシアの瞳の色。前から、きれいだなって思ってたの」


その言葉に、胸がきゅっと鳴った。


「派手なのは似合わないと思ったから、これにしたの。……嫌じゃない?」

「……いいえ」


首を横に振る。


「とても、嬉しいです」


そう答えると、ルミナはぱっと顔を明るくした。


「ほんと!?よかった!」


無邪気な声。

けれど、その選び方は驚くほど私をよく見ていた。

私はそっとピアスを握りしめる。


―――貰う側になる日が来るなんて、思ってもいなかった。


「大切にします」


そう言うと、ルミナは満足そうに頷いた。


「でしょ?だって、お姉様へのプレゼントだもの」


その一言が、胸の奥に、静かに落ちていった。


「ルミナ」


公爵の声が、少し離れたところから聞こえた。


「はい」


ルミナは名残惜しそうにこちらを一度見てから、姿勢を正す。


「またあとでね」


小さくそう囁いて、彼女は自分の立つべき位置へと戻っていった。

その背中は、先程よりもほんの少しだけ誇らしげに見える。


私は手の中のピアスをそっと握りしめ、一度だけ深く息を整えた。


―――私が、あの中に入っても雰囲気が悪くなるだけ。


ルミナのいるその場を見て、胸の奥に小さな寂しさが落ちた。


「ネメシア」


今度は、別の声。

振り向くと、年上の侍女が控えめに手招きをしていた。


「ごめんなさい。準備の方で手が足りなくて」

「はい。すぐに伺います」


私は小さく一礼し、彼女の元へ向かう。


胸の奥に残る温かさを、表に出さないようにしながら。

役目は変わらない。私は侍女だ。


けれど―――


指先に残るその重みが、今日が特別な日だと、静かに教えていた。



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