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悪役令嬢の願い  作者: なむそ


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19.発見してしまいました。




私にはまだ仕事が残っていたため、公爵から渡された帳は、自室に持ち帰ることにした。

中身は、まだ確認していない。


「明日取り掛かろう」


そう思い、私はそれをテーブルの上に置いた。

その後、表向きには何事もなく、いつも通りの日々が過ぎていった。



翌日―――。


私は朝の日課を済ませ、帳簿を開いた。

その中身は、見慣れた形式だった。

日付、項目、金額。配置も文字の癖も、屋敷で使われているものと変わらない。


私は机に向かい、インクを整える。

一行ずつ、原本を確認しながら写していく。


何も違和感はない。


数字は揃っている。

計算も合っている。

帳としては、よくできている。


―――しかし。


数ページ進めたところで、手が止まる。


「……?」


金額そのものではない。…書き方でもない。

けれど、どこかで見た覚えのある数字が、別の項目に紛れている。


同じ額。同じ日付。

用途だけが、微妙に違う。


私は原本に視線を戻し、もう一度該当箇所を指でなぞった。

…計算は、合ってる。

帳面としては、何もおかしくない。


「……偶然、かしら?」


けれどその後も同じ偶然が、もう一度。

さらに数項目先でも、また一度。

そのたびに、数字は整いすぎている。


「……」


私は何も言わず、写す作業を続けた。

ただし、今度は数字だけでなく、項目の流れを追いながら。

まだ、確信と呼べるものではない。


―――けれど、こんなにも偶然が重なるものなのか。


私はその違和感を胸の奥に押し込み、手を止めずに移し続けた。


…念のため。

後で照合できるよう、私の手元にも残しておこう。


私は帳を閉じ、一度深く息を吐いた。


―――本当は、確認したかった。

けれどもう時間がない。


ルミナの家庭教師が来る。

この帳を、今以上に開く余裕はない。


…別日に行こう。

そう心の中で区切りをつけ、私は写した帳をしまった。

そして何事をなかったのように、次の準備に取り掛かかる。



――――――


後日、時間を確保してから、私は再び机に向かった。

写した帳と、別件で管理している帳を並べる。どちらも、領内の収支を扱ったものだ。

形式も、記載の順も、数字の並びもほとんど同じ。


……はずだった。


私は、最初は機械的に目を滑らせていた。合計、日付、項目名。一致している。

問題はない。


けれど。


「……?」


ほんのわずかな違和感が、指を止めさせた。

一行、数字が合わない。端数。誤差と呼ぶには、少しだけ大きい。


私はペンを取り、計算し直す。一度、二度。


―――合わない。


帳を入れ替える。別の月、別の項目。

…同じだ。


「……そういうことか」


思わず、息が漏れた。

数字は嘘をついていない。ただ、置かれる場所を変えられている。

片方では、切り捨て。片方では、繰り上げ。

処理の基準が、意図的に分けられている。


―――二重帳簿。


頭の中でその言葉が浮かび、胸の奥が静かに冷えた。

私はしばらく、その二冊を見つめていた。告げるべきか。…それとも。


「…いいえ」


これは、知らなかったことにできる。そして、公爵は理解した上で、私に渡した。

私は帳を閉じる。


「…預かっただけ」


そう心の中で繰り返し、私は二冊を元の場所へ戻した。

判断するのはまだ先でいい。今はただ、知っているという事実だけを、胸にしまっておく。


なぜ、私にこの仕事を任せたのか。

公爵の意図は、まだわからない。


けれど―――

私には、もっと調べなくてはいけない。


「……領地へ、確認しにいかなくちゃ」


その言葉は、誰に聞かせるわけでもなく零れた。


領地へ行く理由なら、いくらでも作れる。

買い出し、帳簿の照合、使用人の手配。

侍女として動く分には、不自然ではない。


―――これほど、侍女であることをありがたく思ったことはない。


私は机の引き出しを開け、必要な書類を一枚だけ取り出した。

正式な帳でも、写しでもない。

数字を見るための、目印になる紙。


「…見に行くだけ」


確かめるだけだ。

答えを出す必要は、まだない。


そう自分に言い聞かせながら、私は静かに部屋を出た。



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