15.お茶会は初めて。
あれから数ヶ月と経ち、忙しい日々も少しは慣れてきた。
「ネメシア、この仕事は?」
「すでに終わってます」
返事をしてから、
―――あぁ、もう終わっていたんだ、と自分で気づく。
「ネメシア、次これを…」
「そちらも完了してます」
考えるより先に、体が動くようになっていた。
自覚した瞬間、胸の奥が少しだけくすぐったくなった。
「ネメシア様」
次の仕事に向かおうとしたとき、後ろから声がかかった。
振り返ると、お手本になるようないつもの背筋でクロードが立っていた。
「何でしょうか?」
クロードは、仕事を与えるような素振りを見せない。
しかし、私をまっすぐに見つめている。
「…手が早くなりましたね」
クロードはそれだけ言って、振り返り歩き出した。
私は、その背中をしばらく見送っていた。
「…ネメシア?」
その声に、私ははっと我に返った。
声のする方へ向くと、そこにはルミナがいた。
「…失礼いたしました。ルミナ様、いかがなさいましたか?」
そう問いかけると、ルミナは少しだけ迷うように視線を揺らす。
「今、時間ある?」
その問いに、私は一瞬だけ考える。
与えられている仕事はすでに片付いている。
「はい。少しでしたら」
そう答えると、ルミナはほっとしたように表情を緩めた。
「じゃあ…私の部屋、来てほしいな」
私は一歩下がり、軽く頭を下げる。
「承知しました」
そうして私は、ルミナの少し後ろを歩きながら彼女の部屋へと向かった。
ルミナの部屋へ入ると、いつもより少しだけ空気が違っていた。
机の上には紅茶とケーキ、クッキーといった菓子が並んでいたのだ。
そしてベッドの上には、見慣れない一着のドレス。
「ルミナ様……これは?」
思わずそう口にすると、ルミナはにこりと笑った。
「お姉様に、着てほしいの」
「私に、ですか?」
驚きで固まる私をよそに、ルミナは楽しそうに頷く。
「だって、今日は"お茶会"だもの。それに…ちゃんとした服を着たお姉様、見てみたかったの」
冗談とも本気ともつかない言い方。
けれど、その瞳は期待で輝いていた。
「ですが、私は侍女で…」
「大丈夫!ここには私しかいないよ」
確かに、この部屋には私たちしかいない。
「お願い」
そう言うルミナは、私の手を包み込んだ。
…私はルミナに甘いのかもしれない。
「少しだけ、でしたら…」
私がそう答えると、ルミナはぱっと花が咲くように笑った。
――――――
ドレスに着替え終え、髪はルミナが整えてくれた。
そんな私を見て、ルミナは一瞬、言葉を失った。
「…似合ってる」
その声は、いつもより少し小さい。
目の前の鏡に映る私は、いつもと違っていた。
侍女服ではなく、柔らかな色合いと綺麗な刺繍の入ったドレス。
まるで、私ではない誰かになったようだった。
「ねぇ、お姉様。この時間は"姉妹"でいよう?」
そう言って、ルミナは椅子を勧める。
「…わかりました」
二人きりのお茶会。
ぎこちないけれど、どこか温かい時間が、静かに始まった。
「…このケーキ、美味しい?」
ルミナが少しだけ身を乗り出して聞いてくる。
まるで、感想を待つ子どものように。
「はい。甘すぎなくて…紅茶に合います。さすが、ルミナ様」
そう言うと、ルミナは不機嫌そうに頬を膨らます。
褒められたはずなのに、どこか気に入らないようで。
…何か、いけないことでも言ったかしら?
「……ミナ…」
小さく、呼びかけるような声。聞き取れず、思わず聞き返してしまう。
「…え?」
「…私のことはルミナと呼んで。あと……二人きりの時は、敬語いらない…」
語尾が、ほんの少しだけ揺れていた。
「……」
私は一瞬、言葉に詰まった。
しかし、目の前の彼女はただ静かに待っている。
強くも、急かすでもなく。
「……ルミナ」
口に出した瞬間、胸の奥が少しだけくすぐったくなった。
「…うん!」
ルミナは、弾むような声でそう答えた。
「それでいいの!…二人の時だけ、ね」
そう言って、人差し指を口元に置く。まるで、二人だけの秘密のように―――。




