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悪役令嬢の願い  作者: なむそ


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15/43

14.私はまだまだですね。



「……ふぅ…」


一日の仕事が終わり、私は自室のベッドに倒れ込んだ。

忙しい一日だった。


あれから、掃除や洗濯、ルミナの荷物の整理…気がつけば、次から次へと仕事をこなしていた。


「あっという間に一日が終わるんだなぁ…」


天井を見つめる。

朝は少し億劫だったのに、今はただ、何も考えられないほど体が重かった。


けれど、動いている間は嫌な気持ちを考えなくてすむ。

それが今の私には救いだった。

いつも籠っているよりは…たぶん、まだ。


今までの暗い気持ちを思い出し、私は少しだけ苦笑いをしてしまった。


私はベッドから体を起こし、カーテンに手をかける。

窓の外には、今日も変わらず綺麗な星の明かり。


「……どうせやるなら、とことんやらなきゃだよね」


その言葉は、誰かに聞かせるわけでもなく、静かな夜に溶けていった。




翌朝、私は昨日教わった通りに業務を行う。

まずは、ルミナの朝の支度の準備。


「ネメシア、今日時間があればお散歩しましょう」

「承知しました」


そして、朝食。


「ルミナ、今日は何をするんだい?」

「今日は、いい天気なのでお散歩でもしようかと思います!」


他愛のない会話をするところを見ると、まるで本当の家族を見ているような気持ちになった。

……私は、その輪の外にいるけれど。


朝食後、本日言い渡されている業務は、リネンの確認、倉の簡易整理、そして記録の写し。

どれも基本業務。

だが量は決して少なくない。


「ネメシア、こちらをお願いできますか」


すると年上の侍女が、布の束を置いていく。

視線は合わない。


「……はい」


一つ終えると、また一つ。

誰かが明確に命じているわけではないのに、私の手元にだけ仕事が集まっていく。


でも、不思議と嫌ではなかった。

忙しくしている間は、余計なことを考えなくて済む。

―――仕事がある。

それだけで、今は十分だ。


「ネメシア?」


与えられた仕事をこなしていると、廊下の向こうからルミナの声がした。

ふと時間を見ると、朝にルミナと約束した散歩の時間になっていた。


けれど、手元の仕事はまだ終わっていない。

私は一度だけ迷い、それでもルミナの元へと向かった。


「申し訳ありません。まだ仕事が終わっていなくて…」


そう告げると、ルミナの眉は少しだけ下がった。


「…そっか。お仕事だもんね」


それでも納得しきれないのか、私の袖をきゅっと掴む。


「それでも、少しだけ…だめ?」


その言葉に、胸の奥がほんの少しちくりと痛んだ。


「申し訳ありません、ルミナ様。今日は―――」


言い切る前に、背後から硬い声が割り込んだ。


「何をしているのですか、ネメシア」


振り返ると、廊下の奥に侍女の一人が立っていた。

視線はいつもよりも冷たく、私を見ている。


「持ち場を離れてよいと、誰の許可を得たのですか?」


「……ルミナ様に呼ばれまして」


そう答えると、侍女は小さく息を吐いた。


「それでもです。仕事は仕事。ルミナ様のお気遣いに甘える立場ではありません」


その言葉に、ルミナがはっとして私を見る。


「え…私、そんなつもりじゃ……」

「大丈夫です、ルミナ様」


私はすぐに首を横に振り、膝を折って頭を下げた。


「お心遣い、ありがとうございます。ですが私は、侍女ですから」


私はそう言うしかなかった。

ルミナは唇を噛みしめ、何か言いたそうにしていた。

けれど、結局何も言わずに手を離した。


「…わかった。じゃあ終わったら、また誘ってもいい?」

「……はい」


少し躊躇う私を見て、ルミナは不安そうな表情を浮かべた。

今日の仕事が本当に終わるのか。私自身にもわからなかった。


ルミナの後ろ姿を見送りながら、私は再び仕事の残る廊下へと戻った。

結局その日の仕事は終わらず、気づけば夜になっていた。




「ルミナに申し訳ないことをしちゃったな……」


あの後、ルミナが何度か誘いに来てくれたけど、私は仕事に追われていた。

その度に断ってしまった。その時のルミナの悲しそうな表情が、何度も頭の中に浮かぶ。


仕方のないことだと、頭ではわかってる。

それでも、今の私の力不足で申し訳ない気持ちになる。

ふと、引き出しに視線が向いた。


「…リサも、こんなに忙しかったのかな」


小さい頃、私の世話をしてくれたリサのことを思い出す。

今なら、あの人にたくさんの感謝の言葉を伝えたい。


私はもう一度、リサの手紙を読もうと思い、引き出しを開けた。

―――その瞬間。

母の形見である箱が、引き出しの奥で淡く光を漏らしていた。


「…え?」


思わず息を呑む。

月明かりが反射しているだけ―――そう思うとした。

けど、その光は確かに箱そのものからにじみ出ている。


ゆらり、と。

呼吸をするみたいに、弱く、強く。


胸の奥がざわついた。

鍵は、まだ開けていないはずなのに。


「……今、なの?」


当たり前のように返事はない。ただ、箱は静かに光り続けていた。

その事実に私は、箱にそっと手を伸ばした。


…やっと。

長年、開く日が来るのを待っていた。

私はそっと鍵に手を触れた。


「……」


鍵穴に差し込み、力を込める。いつもなら、ここで止まるはず―――。


―――カチリ。


乾いた音が、小さく部屋に響いた。


「……あい、た…?」


信じられなくて、もう一度手元を見る。鍵は、確かに回っていた。

恐る恐る、蓋に手をかける。

拒まれる感触は、ない。


私は息を殺して、箱を開いた。



中には―――何も、ない。

……いや、何かは"ある"。


空っぽではないのに、形も色も…掴めない。

触れようとして、指を入れてもすり抜けていく感覚。

まるで、霧のような―――。


胸の奥が、じくりと痛む。


「……まだ、なのね」


開いたのに読めない。触れたのに理解できない。

今の私では、ここまでなのだ。


私は静かに箱を閉じた。鍵をもう一度回しても、抵抗なく最初と同じ位置へ戻った。


「…お母様」


私は夜空へ目を向けた。


「続きを知るなら、もっと先へ進みなさい」

星にそう言われた気がした。




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