13.侍女って大変ですね。
食堂に一歩足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
―――いつも自室でご飯を食べていたから、初めてきた。
天井は高く、長いテーブルにはすでに朝食が並べていられる。
磨かれた銀食器と、白いクロス。
どれも公爵家に相応しい、完璧な光景だった。
私たちは、決められた順に席へと向かう。
サビーナ様の目の前、二人で公爵を挟むように座る。
私は、その少し後ろ―――侍女の立ち位置に留まる。
椅子に座ることは許されていない。
ここでは私は、"そこにいる存在"でしかない。
「……ネメシアも一緒に食事をとってもだめですか?」
ルミナは私が座らないことに不満があるようだ。
隣にいる公爵に向かってそう言った。
「…侍女が席に着く理由はない」
一瞬、公爵は私に視線を向けた。…冷たい瞳だ。
「大丈夫です、ルミナ様。私は侍女ですから」
そう言って、私は小さく微笑んだ。
しかし、ルミナは少しだけ唇を噛み締めた。
「……」
食事が始まっても、私の役目は変わらない。
飲み物が減ってないか。料理の進み具合はどうか。
ただそれだけを、静かに見ている。
公爵は私を見ることなく、サビーナ様とルミナと談笑を楽しんでいた。
また、サビーナ様は終始柔らかく微笑んでいたが、その視線が私に向くことは一度もなかった。
そして、ルミナは時々私の方を見ていた。
そのたびに、私は小さく微笑み返した。
それだけなのに、私はその視線を、そっと胸の奥にしまった。
食事の終盤、公爵がナプキンを置いた。
「そうだ、ルミナ」
突然名前を呼ばれ、ルミナは顔を上げる。
「近いうちに家庭教師をつける。年齢的にも、そろそろ本格的に学ばせる頃だ」
それは提案ではなく、すでに決まっている口調だった。
「本当?マナーだけじゃなくて、お勉強も?」
「当然だ。読み書き、算術、礼法。…必要なものはすべてだ」
公爵はそう言いながら、こちらを見ない。
私の存在など、最初から数に入っていないかのように。
「……それって今すぐの話じゃないですよね?」
ルミナは顎に指を当て、少し考える素振りを見せた。
その視線は空を彷徨い、何かを測るようだった。
「ここに来たばかりだからな」
公爵は淡々と答える。
「ルミナがやりたいと言ったタイミングで、すぐに始められるようにしておく」
「わかりました」
そう答えたルミナは、満面の笑顔を浮かべていた。
けれど、その視線は一瞬だけ私の方へと向けられる。
―――大丈夫。
そう言われた気がして、私は小さく行きを飲んだ。
そして食事は、滞りなく終わった。
食器が下げられ、椅子が引かれる音だけが食堂に残る。
私は最後まで、言葉を挟むことなくその場に立っていた。
「それでは、失礼いたします」
侍女としての礼を取り、一歩下がる。
公爵は私を見ることなく、すでに立ち上がっていた。
ルミナとサビーナ様が食堂を出ていくのを見送り、私もまた、侍女たちに続いてその場を後にする。
食堂を出て、廊下を進んだところで足が止まる。
「ネメシア様」
呼び止めたのは、クロードだった。
振り返ると、いつもと変わらぬ無表情でこちらを見ている。
「当面、貴女に任せるのは基本業務のみです。ルミナ様の身の回りの補助。私物の把握と整理。伝達と記録」
淡々と、事務的に告げられる。
「それと、"気づくこと"が、最も重要な仕事になります」
一拍置いて、クロードの視線だけがこちらに向いた。
「手を出す必要はありません。ですが、見落としは許されない」
命令でも、脅しでもない。
それでも背筋が伸びる言葉だった。
「…承知しました」
「それで結構です」
その後は、クロードや他の侍女から仕事内容を教わった。
―――こうして、私の侍女としての日々が始まった。




