6話「事故だったはずの場所」
葵の葬儀は、滞りなく終わった。
泣き崩れる人はいない。
怒る人も、問い詰める人もいない。
ただ、皆が同じ言葉を使った。
「事故だったから」
その言葉は、何度も繰り返された。
慰めのように。
納得の印のように。
祐介は、棺の前に立ちながら、
その言葉をどこか遠くで聞いていた。
――事故。
確かに、葵は死んでいる。
遺体もある。
葬儀も終わった。
事実は、揃っている。
なのに。
(……おかしい)
胸の奥で、静かに何かが引っかかる。
思い出そうとすると、
そこだけ霧がかかったように曖昧になる。
事故の“瞬間”。
自分は、そこにいたはずなのに。
誰かが言った。
「祐介くんも、つらかったね。目の前で……」
――目の前で?
「……え?」
思わず声が漏れた。
その人は、少し困った顔をして、言葉を濁した。
「あ、いや……その……ほら……」
そして、結局こう締めくくる。
「……事故だったからね」
また、その言葉。
祐介は、それ以上聞けなかった。
葬儀が終わったあと、
気づけば、足はあの場所へ向かっていた。
横断歩道。
白線。
いつも通り流れる車。
花が手向けられ、
誰も足を止めない。
(……ここだ)
確かに、ここで。
葵は――
思考が、そこで途切れる。
頭の中に残るのは、
“事故だった”という完成された結論だけ。
過程が、存在しない。
「……思い出せない、ってレベルじゃないだろ」
祐介は、ポケットの中の氷に触れた。
冷たい。
だが、不思議と痛くない。
氷が、かすかに光った。
ほんの一瞬。
鼓動に合わせるように。
――覚えていない、だけだよ。
声ではない。
意味だけが、胸に落ちてくる。
「……誰の、だよ」
答えはない。
だが、氷の奥で、
何かが確かに揺れていた。
祐介は、交差点を見渡す。
誰も、疑問を持たない。
誰も、思い出そうとしない。
まるで――
最初から“考えなくていいように”
整えられた世界みたいに。
「……俺だけ、なのか」
違和感を抱いているのは。
その瞬間。
世界の音が、一拍だけ遅れた。
風が止まり、
空気が薄く引き延ばされる。
視界の端に、
“扉の輪郭”のようなものが、
ほんの一瞬だけ浮かぶ。
次の瞬間には、消えていた。
「……今の……」
氷は、静かだった。
何事もなかったかのように、
ただ淡く光を宿している。
祐介は知らない。
それが、
ムネモスアトリエへ至る縁導の前兆だということを。
ただ、ひとつだけ確信していた。
この事故は、
「事故だった」で終わるものじゃない。
欠けている。
――確実に、何かが。




