5.5話「観測者たちの静寂」
観測者たちの前夜
――欠けた“事故”の向こう側**
昼でも夜でもない光が、静かに満ちている。
棚が幾重にも連なる、記憶の店。
氷たちは音もなく並び、眠るように淡く瞬いていた。
その中央。
空中に浮かぶように展開された氷の板に、ひとつの世界が映し出されている。
コンビニ前の交差点。
雨上がりのアスファルト。
そして――ひとりの少年。
「……拾ったね」
天井近く、梁に腰掛けたルシェルが、覗き込むように言った。
白い髪が揺れ、軽やかな口調とは裏腹に、視線は鋭い。
「思ったより早いなぁ。
まだ“縁が触れた”くらいだと思ってたんだけど」
「触れただけよ」
棚の間に立つヴェルネシアが、静かに答える。
深い青の髪を背に流し、氷の板を見つめたまま。
「契約には至っていない。
あれは、ただの“気づきかけ”」
氷の板の映像が切り替わる。
事故現場――の、はずだった。
だが。
「……?」
ルシェルが、軽く首を傾げた。
次の瞬間、映像が一瞬揺らぎ、
事故現場の“先”が、ごっそり抜け落ちる。
原因も、過程も、
まるで最初から存在しなかったかのように――空白。
「記憶型と感応型の複合。
しかも、停滞しかけていた夢が――」
ヴェルネシアの言葉が、そこで止まる。
「……削れている」
声が、ほんのわずか低くなった。
「世界側が、ではないわ」
その意味を、ルシェルは即座に理解した。
梁から軽やかに降り、
床に音もなく着地する。
「これ、人の認識層ごと、抜かれてる」
軽い口調。
けれど、冗談ではない。
「“事故だった”って結果だけ残して、
そこに至るまでを丸ごと消すやつ」
氷の板に映るのは、
“妹を失った”という事実だけを抱えた少年。
「……天界案件?」
「ううん」
ルシェルは首を振る。
「まだ、そこまで露骨じゃない。
でもさ――」
氷の板の前にしゃがみ込み、
その欠けた映像を見つめる。
「この欠け方、嫌いなんだよね」
指先で、触れられない氷の像をなぞるように。
「“事故だった”って答えだけ置いて、
考える余地も、痛む理由も、全部奪う」
氷は、何も語らない。
ただ、かすかに光を宿している。
ヴェルネシアは静かに続けた。
「彼だけが、違和感を抱いている。
誰も疑問にしない死を、疑っている」
「家族だから?」
「それだけじゃないわ」
「……目の前に、いた?」
「ええ」
一瞬、沈黙。
氷の板に映る祐介は、
氷を握りしめ、逃げずに立っている。
「なるほどねぇ」
ルシェルは小さく息を吐いた。
「“気づいちゃった側”か。
そりゃ、放っとけない」
「放っておくわ」
ヴェルネシアは即答した。
「選ぶのは、彼自身。
私たちは、扉を閉じもしないし、開きもしない」
「観るだけ?」
「ええ」
ルシェルは肩をすくめ、笑った。
「いっちばん難しいやつ」
氷の板の光が、ゆっくりと弱まっていく。
映像は、祐介が歩き出す直前で止まった。
棚の奥で、ひとつの氷が、わずかに鳴った。
まだ名を持たない氷。
まだ役割を知らない氷。
けれど確かに、
“帰る場所”を覚えている氷。
「――始まるね」
「ええ」
「来るかどうかは、本人次第」
二人の視線が、静かに重なる。
氷たちは何も語らない。
だが、欠けた“事故”の向こうで、
縁はすでに、結ばれ始めていた。
物語全体の再編集をしました!!
改めて書いたの見てみたらあれっ?ここへんじゃない?がいっぱいでお恥ずかしい限りです。
皆様が楽しめるお話しを作れるようがんばります!!




