2話「思い出せない事故」
目が覚めた瞬間、祐介は夢の続きを探していた。
白い光。
冷たい感触。
指先に残った、ありえないほど現実的な温度。
(……なんだったんだ、あれ)
時計を見ると、まだ朝には少し早い時間だった。
眠れた気はしない。
それでも身体だけが、無理やり現実に引き戻される。
朝食は喉を通らなかった。
パンを一口かじって、味がしないことに気づく。
母は何も言わなかった。
父も、新聞を読むふりをしたまま目を上げない。
この家では、
“葵の話題”そのものが、存在しないみたいだった。
学校へ向かう道。
交差点が見えた瞬間、足が止まる。
――また、ここだ。
自分から来たわけじゃない。
けれど、気づけばここに立っている。
コンビニ前の交差点。
葵が最後に目撃された場所。
あの夜も、確か雨が降っていた。
それだけは、はっきり覚えている。
「……事故、だったよな」
声に出してみる。
すぐに、胸の奥がざわついた。
事故。
そう聞いた。
皆そう言っていた。
でも――
(……どんな事故だ?)
車?
転倒?
誰かにぶつかった?
思考が、そこで止まる。
無理に思い出そうとすると、
頭の内側に靄が広がって、視界が白くなる。
「……くそ」
祐介は目を閉じ、深く息を吸った。
おかしいのは、自分だけじゃない。
葵の担任も、警察も、親戚も。
誰一人として、具体的な話をしなかった。
“思い出そうとしない”のではない。
“最初から、そこが抜け落ちている”。
そんな感じだった。
放課後。
友達と別れた後、また交差点へ戻ってきてしまう。
理由は分からない。
ただ、ここにいないと落ち着かない。
(……俺、何してんだろ)
白線の上を見下ろす。
昨日と同じ景色。
けれど。
――コトン。
足元で、小さな音がした。
祐介は反射的に視線を落とす。
白く、透明な欠片。
氷のようだが、溶ける気配がない。
街灯の光を受けて、妙な反射をしている。
「……?」
しゃがみ込み、拾い上げる。
ひやり、とした冷たさ。
同時に、胸の奥を叩くような違和感。
(……冷たい。でも……)
ただの氷じゃない。
理由は説明できないが、確信があった。
手を離そうとする。
――離れない。
指先に吸いつくように、氷が留まっている。
「……なんだよ、これ」
思わず力を込めた瞬間。
氷の内部で、微かな光が脈打った。
一瞬だけ、
視界の端に“誰か”が立った気がする。
白いスカート。
見慣れた横顔。
「……葵……?」
瞬きした次の瞬間、そこには誰もいなかった。
幻覚だ。
そう思おうとする。
けれど、手の中の氷は確かに震えていた。
まるで、今の光景に呼応するみたいに。
祐介は、静かに息を整える。
「……わかった。とりあえず、持って帰る」
その言葉に反応するように、
氷の冷たさが、ほんの少しだけ和らいだ。
懐かしい温度。
葵が笑った時の、
あの距離の近さに似ていた。
祐介は氷をポケットに入れ、家へ向かって歩き出す。
背中越しに、
何かに見られているような気配を感じながら。
抜けがあった為修正いたしました!申し訳ございません!




