一章エピローグ
店の中は、いつも通り静かだった。
氷の並ぶ棚。
淡い光。
外層特有の、時間の揺らぎ。
ヴェルネシアはカウンターに肘をつき、
ひとつ、空になった台座を見ていた。
そこには、もう氷はない。
「……そうね」
独り言のように呟く。
「歪みは、ちゃんと解消されてるわ」
モニターには、すでに何も映っていない。
世界は安定し、
観測対象は“通常状態”へ戻った。
ログは、すべて流入済み。
祐介の選択。
氷の夢。
世界が自分で修復に至るまでの経路。
どれも、想定の範囲内。
「記録は残った。想定内よ」
それでも、
ほんのわずかにだけ、余白がある。
計算できない誤差。
感情とも呼べない揺らぎ。
「……氷の役割は、もう終わりね」
ヴェルネシアは視線を上げる。
梁の上。
だらっと座ったまま、足をぶら下げている影。
「で? 感想は?」
ルシェルが、にっと笑った。
「んー……」
少し考えるふりをしてから、軽く肩をすくめる。
「ちゃんと選んでたじゃん。
自分の世界、ちゃんと」
「そうね」
「助けたー!って感じでもないし」
「干渉していないから」
「だよね〜」
ルシェルは天井を見上げて、くるっと一回転した。
「でもさ、
忘れても残るもの、ちゃんと置いてきた」
ヴェルネシアは否定しない。
「記憶が消えても、縁は消えない」
「うん」
ルシェルは珍しく、少しだけ静かになる。
「……それが、いちばん“人間っぽい結果”だったかな」
一瞬の沈黙。
やがて、ヴェルネシアが淡々と言う。
「観測は終了」
「はーい」
「この世界への接続は、もう閉じるわ」
「了解〜」
ルシェルは軽く手を振り、
梁からふわっと降りてくる。
「次は?」
「次の縁が、呼んだ時」
「相変わらず、気まぐれだねぇ」
「氷が選ぶのよ。私たちじゃない」
「それがムネモス、ってやつ?」
「ええ」
ヴェルネシアは、空の台座に視線を戻す。
もう、そこに戻ることはない。
氷は役目を終え、
世界に溶けた。
「……いい物語だったわ」
その言葉は、
評価でも、感情でもなく。
ただの、事実だった。
ルシェルはそれを聞いて、
少しだけ、嬉しそうに笑った。
「じゃ、またね。
次の“忘れられない誰か”が来たら」
「ええ」
店の灯りが、ひとつ消える。
外層と世界の接続は、完全に遮断された。
――ムネモスアトリエは、再び“存在しない場所”へ戻る。
観測は、終わった。
物語は、
それぞれの世界で、続いていく。
一章はこれにて終了です!
書き殴りのやっつけでしたがなんとか終わりました!!
読んでいただき本当にありがとうございます!
二章考えながら手直しして行こうと思います!




