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ムネモスアトリエ  作者: あむ。
1:青年と氷の結晶

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21/23

17.5「すこし遡って」



ムネモスアトリエの奥。

空間の端に、一枚の“窓”が静かに開いていた。


映っているのは、祐介の世界。

夕暮れと夜の境目。

あの、事故の起きた交差点。


「……戻ったわね」


ヴェルネシアは、淡々と呟く。


氷――

いや、氷だったものは、すでに“個体”としては存在していない。


それは祐介の掌にある

花の形をした小さなキーホルダーとして、

完全に溶け込んでいる。


「ねぇねぇ、これさ」


梁の上に座ったルシェルが、足をぶらぶらさせながら覗き込む。



窓の向こう。


祐介は、交差点の中央に立っていた。

車も、人も、音も――

すべてが、一瞬だけ静止する。


世界が止まったわけじゃない。

ズレた部分だけが、立ち止まった。


祐介の胸に、重たい感覚が流れ込む。


知らないはずの感情。

思い出せないはずの温度。


――でも、確かに“そこにあった”もの。


キーホルダーが、微かに熱を持つ。


「……あ」


祐介は、理由も分からないまま、

それを強く握りしめた。



「来たわね」


ヴェルネシアの声が、少し低くなる。


「氷が保持していた“未完の記録”と、

 祐介側に残っていた“欠けた記憶”が――」


窓の中で、重なった。


事故の瞬間。


完全な映像ではない。

音も、光も、輪郭も曖昧。


けれど。


「……ここで、葵は」


祐介の喉が、わずかに動く。


言葉にならない理解が、胸に落ちる。


それは思い出すことじゃない。

真相を知ることでもない。


ただ、

「そうだった」と、世界が納得しただけ。



ズレていた因果が、静かに収まる。


消えていた“葵という存在の重さ”が、

世界の中に、正しい位置で戻っていく。


周囲の人々の記憶。

記録。

会話。

写真。


――すべてが、無理なく接続される。


その代わり。


祐介の中から、

“妹と過ごした日々の輪郭”だけが、

音を立てずに抜け落ちていく。



「……歪み、消えたね」


ルシェルが、珍しく静かな声で言う。


「そうね。歪みも、ちゃんと解消されてるわ」


ヴェルネシアは頷く。


「記録は残った。想定内よ」

「氷の役割は、もう終わりね」


窓の中で、

キーホルダーから、最後の光が消えた。


能力も、記録も、そこにはない。

ただの、形見のような小物。


「……でもさ」


ルシェルは、少しだけ口元を緩める。


「自分の記憶削ってまで、

 世界を戻したんだよ?」


「えらすぎじゃない?」


ヴェルネシアは、答えない。


ただ、窓を閉じる。


「干渉する理由は、もうないわね」


その言葉で、

ムネモスアトリエは、いつもの静けさに戻った。


氷は、商品ではなくなった。

物語は、更新された。


――そして、

祐介だけが、理由の分からない喪失を抱えて、

明日へ歩き出す。


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