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ムネモスアトリエ  作者: あむ。
1:青年と氷の結晶

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20/23

17話「名残の形」



世界は、何事もなかったように続いていた。


朝の電車は混み合い、駅前のコンビニはいつも通りで、

祐介の足取りも、昨日までと変わらない。


――変わらない、はずだった。


ポケットに手を入れた瞬間、指先に小さな硬さが触れる。

取り出したそれは、花の形をしたキーホルダーだった。


薄い色合い。

プラスチックにも、金属にも見えない不思議な質感。

冷たくはないのに、どこか“温度が残っている”。


「……これ」


いつ手に入れたのか、思い出せない。


落とした記憶もない。

誰かから貰った覚えもない。

それなのに、無くしたらいけない気がして、ずっと持っていた気がする。


祐介は眉をひそめた。


(……何だよ、これ)


胸の奥に、小さな引っかかりがある。

痛みではない。

懐かしさとも、違う。


ただ――

欠けている感覚。


駅のホームで、アナウンスが流れる。

聞き慣れた声、聞き慣れた文言。


その途中で、ふと視界の端が揺れた。


――誰か、いた。


金色に近い淡い色。

軽い足取り。

人混みの中に紛れて、けれど明らかに浮いている存在。


「……?」


視線を向けた瞬間、そこには誰もいなかった。


祐介は首を振る。


(気のせい、か)


そう思おうとした時、

キーホルダーがわずかに揺れた。


風は吹いていない。

祐介の手も動いていない。


それでも、花の縁が小さく震える。


――理由のない確信が、胸に落ちた。


(……俺、何かを選んだ)


内容は分からない。

理由も思い出せない。

ただ、「戻れない選択」をした感覚だけが、はっきり残っている。


電車が到着し、人の流れが動き出す。


祐介はその流れに乗りながら、

もう一度、花のキーホルダーを見た。


「……名前、あった気がするんだけどな」


口にした瞬間、

胸の奥が、きゅっと締まる。


涙は出ない。

苦しくもない。


けれど――

大切だった、という事実だけが残る。


祐介はキーホルダーをポケットに戻し、

何もなかったように電車に乗った。


世界は、今日も正しく回っている。


その正しさの中に、

ひとつだけ、説明できない空白を抱えたまま。

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