表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ムネモスアトリエ  作者: あむ。
1:青年と氷の結晶

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/23

第15話「花の形」



戻る感覚は、落下に似ていた。


祐介は反射的に身構えたが、体はほとんど揺れなかった。

ただ、足元の感触が変わる。


――アスファルト。


夜の空気。

車の走行音。

遠くの信号機の電子音。


自分の世界だ。


「……戻った、のか」


息を吐いた瞬間、胸の奥に微かな違和感が残った。

何かを終えた感触。

そして、何かを失った感触。


ポケットの中で、硬いものが指に触れる。


祐介は立ち止まり、ゆっくり取り出した。


そこにあったのは――

小さな花の形をしたキーホルダーだった。


淡い透明感を残した素材。

光を受けると、ほんの少しだけ冷たい輝きを返す。


「……」


見覚えは、ある。


けれど。


(……なんで、これ)


大切だったはずだ、という感覚だけが残っている。

誰が持っていたのか。

なぜ大事にしていたのか。


そこが、すっぽり抜け落ちている。


胸の奥が、軽く軋んだ。


「……気のせい、か」


そう言ってポケットに戻そうとした、その時。


背後から、軽い足音。


「やっほー、無事帰還〜」


明るい声。


祐介が振り向くと、街灯の下にルシェルがいた。

黒い羽を畳み、いつもの軽い姿勢で手を振っている。


「……いつからいた」


「今来たとこ! ほんとに今!」

にしし、と笑ってから、花のキーホルダーに視線を落とす。


「それ、ちゃんと変わったね」


祐介は、視線を戻す。


「……これが、氷……だったやつ?」


「そ。元・氷、現・思い出の抜け殻って感じ?」


軽い口調。

けれど、冗談だけではない響き。


「もう力はないよ。

役目、ちゃんと終わったからさ」


「……そうか」


祐介は、それ以上聞かなかった。


聞けば、失った部分に触れてしまう気がした。


ルシェルは一歩近づき、少しだけ声のトーンを落とす。


「ね、祐介」


「?」


「ちゃんと自分で選んだ。

それだけは、間違いないから」


祐介は答えなかった。

答えられなかった。


選んだ理由も、選んだ結果も、

輪郭だけが残って、中心が抜けている。


それでも。


不思議と後悔はなかった。


「……ありがとな」


そう言うと、ルシェルは一瞬だけ目を見開いて、

すぐにいつもの笑顔に戻った。


「どういたしまして〜!

サービスは気まぐれだから、期待しすぎないでね?」


「サービス?」


「んー、内緒!」


くるっと背を向ける。


「じゃ、あたしはこれで。

あとは――普通に生きな」


歩き出したルシェルの姿が、街灯の影に溶ける。


「……なあ」


祐介が呼び止めると、彼女は振り返らずに手だけ振った。


「だいじょーぶ!

“何か”が引っかかったまま生きるのも、案外悪くないよ」


そのまま、姿が消える。


祐介はしばらくその場に立ち尽くし、

ポケットの中のキーホルダーを、ぎゅっと握った。


理由は分からない。

名前も思い出せない。


それでも。


花の形が、やけに胸に残った。


(……前に進め、ってことか)


そう思って、歩き出す。


夜の街は、何事もなかったかのように続いている。


――記録と記憶は、世界に残った。

――ただ一人分だけ、欠けたまま。


それでも、物語は止まらない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ