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ムネモスアトリエ  作者: あむ。
1:青年と氷の結晶

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17/23

14.5 「氷が消えた棚」



ムネモスアトリエは、いつも通り静かだった。


棚に並ぶ氷は、どれも動かない。

光も、音も、主張しない。


カウンターの内側で、

ヴェルネシアは、

ひとつの氷の“空だった場所”を眺めていた。


そこには、もう何もない。


正確には――

観測すべき像が、完全に消えている。


「……終わったわね」


声は低く、淡々としている。

感情を乗せる必要がないというだけで、冷たくはなかった。


カウンターの上。

最後に残ったログが、静かに霧散していく。


事故の像。

削り取られた瞬間。

止められた過程。


そして、選択。


「綺麗な融縁だった」


そう言ったあと、ヴェルネシアは一瞬だけ視線を落とす。


「夢は……完全に消失。

記録も、想いも、可能性も。

氷としては、理想的な終わり」


その言葉に、

天井の梁の上から声が落ちてきた。


「うわー、ほんと容赦ない言い方するよねそれ」


ルシェルが、

梁に座ったまま、足をぶらぶらさせている。


「でもさ、悪くなかったでしょ?」


「ええ」


ヴェルネシアは否定しない。


「自分の記憶を差し出して、

世界側の欠損を補う。

あの氷が望んでいた“停滞の解除”としては、最適解」


「でしょー?」


ルシェルは満足そうに笑ったあと、少しだけ真面目な顔になる。


「……ねえ。

あの子、後悔するかな」


「するでしょう」


即答だった。


「人は、理由の分からない欠落に耐えられるほど、

合理的にはできていない」


ルシェルは肩をすくめる。


「だよねー。

だからさ」


梁から、軽く跳び降りる。


「ちょっとだけ、きっかけ置いてくる」


ヴェルネシアは、その動きを止めなかった。


「直接は?」


「しないしない。

“思い出させる”のはルール違反でしょ」


くるっと振り返って、笑う。


「でもさ、

引っかかる“何か”くらいは、サービスってことで!」


「……流れは?」


「壊さないよ。

むしろ、ちゃんと前に進ませる方向」


ヴェルネシアは一瞬、沈黙してから言った。


「あなたは、甘い」


「知ってる〜」


ルシェルは悪びれず、扉の方へ歩き出す。


「でもね。

ああいう選択をした人間が、

何も残らないって世界のほうが、私は嫌」


扉の前で、立ち止まる。


「観測者としては失格かもだけどさ」


ヴェルネシアは、氷の空白をもう一度だけ見て、答えた。


「……それでも、

あの氷は、あなたを選んだ」


ルシェルは一瞬だけ驚いた顔をして、

それから、いつもの明るい笑顔に戻る。


「じゃ、行ってくる!」


扉が開き、光が差す。


閉じたあと、アトリエは再び静寂に包まれた。


ヴェルネシアは、誰もいない空間に小さく呟く。


「物語は、更新された」


氷のない棚に、

新しい余白だけが残っている。


それを、彼女は“完成”と呼んだ。


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