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ムネモスアトリエ  作者: あむ。
1:青年と氷の結晶

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15/23

13話「名残がほどける音」

氷が、少しだけ重くなった。


祐介はそれを、歩きながら感じていた。

ポケットの中で揺れるはずの感覚が、今日はほとんど動かない。


「……またか」


足を止める。

場所は、あの交差点から一本外れた細い道だった。


人通りは少ない。

けれど、完全に静かというわけでもない。

遠くで車が走り、どこかの家からテレビの音が漏れている。


――現実だ。

間違いなく。


それなのに。


氷に触れた指先に、これまでとは違う感触が返ってきた。

冷たい。

だが、今までのような“澄んだ冷たさ”ではない。


内側で、何かが引っかかっている。


(……変だ)


祐介はポケットから氷を取り出した。

夕暮れの光を受けて、内部の像がかすかに歪む。


それは、見覚えのある輪郭だった。


横断歩道の白線。

濡れたアスファルト。

夜の信号機。


――事故現場。


けれど、決定的な瞬間だけが、やはり見えない。


像は、途中で削り取られたように欠けている。

まるで、そこに“触れてはいけない線”が引かれているみたいに。


「……やっぱり、消されてる」


誰に向けた言葉でもない。

ただ、確信だった。


そのとき。


氷が、はっきりと震えた。


今までの微かな脈動とは違う。

内部の光が一瞬、乱れ――

次の瞬間、像が変わった。


事故現場ではない。


病室でもない。

葬儀の光景でもない。


そこにあったのは、

もっと前の記憶。


学校の帰り道。

夕焼けの中で、隣を歩く葵の横顔。


「兄ちゃんさ」


声が、聞こえた気がした。


氷が語ったわけじゃない。

祐介自身の記憶が、勝手に音を持っただけだ。


「私、ちゃんと前見てるから」


その言葉と同時に、像が歪む。


夕焼けが、割れる。

光の向こうに、見知らぬ“ズレ”が滲む。


――あの時点で、もう。


(……世界、壊れかけてたのか)


胸の奥が、きしりと鳴った。


氷が、急激に冷たくなる。

表面の光が弱まり、内部の像が揺らぐ。


停滞の兆し。


けれど――完全な停滞ではない。


氷は、拒んでいない。

むしろ、何かを“ほどこう”としている。


「……なあ」


祐介は、氷に語りかけた。


「お前が覚えてるのは、葵の“終わり”じゃないんだろ」


返事はない。

けれど、震えが、ほんの一瞬だけ強くなった。


「途中で、止められた記憶だ」


言葉にした瞬間。


氷の内部で、像が一つ、はっきりと崩れた。


夕焼けの風景が砕け、

その奥から、まだ形にならない何かが滲み出す。


それは、まだ“答え”ではない。


けれど。


――名残だ。


消された過程が残した、

歪みの痕跡。


氷は、それを抱えたまま、静かになった。


祐介は深く息を吐く。


「……先に進むしかない、か」


氷は光らない。

ただ、確かに“離れなかった”。


選択は、まだ終わっていない

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