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ムネモスアトリエ  作者: あむ。
1:青年と氷の結晶

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14/23

12話「触れた瞬間、欠けていた輪郭」

夕方。


祐介は、気づけばあの交差点に立っていた。

意識して来たわけじゃない。

ただ、足が――勝手に。


信号待ちの人混みの中。

誰もがスマホを見て、空を見て、前だけを見ている。


祐介だけが、足元を見ていた。


白線。

擦れたアスファルト。

花はもうない。


(……何度来ても、何も思い出せない)


胸の奥に、重たいものが沈んでいる。


ポケットの中で、氷が微かに熱を持った。


「……?」


祐介は、思わず立ち止まる。


次の瞬間。


世界が、ほんの一拍だけ“遅れた”。


音がずれる。

車の走行音が、映像より少し遅れて届く。

人の動きが、滑らかさを失う。


――違う。


世界が遅れたんじゃない。

自分だけが、外れた。


祐介は息を呑む。


視界の端で、誰かが走った。


小さな背中。

見慣れた癖のある歩き方。


「……葵?」


声に出した瞬間、景色が反転する。


交差点は、同じ場所のはずなのに――

色が、違った。


空が低い。

光が、やけに白い。


そして。


横断歩道の向こう側に、少女が立っていた。


制服姿。

少し長めの前髪。

いつも通りの、不機嫌そうな顔。


確かに――葵だった。


「……お兄ちゃん」


声は、はっきりと届いた。


祐介の心臓が跳ねる。


「葵……!?」


駆け寄ろうとして、足が止まる。


距離が、縮まらない。


何歩進んでも、彼女は同じ位置にいる。


「来ちゃだめ」


葵が言った。


責めるでもなく、悲しむでもなく。

ただ、事実を告げる声。


「……なんでだよ。俺は――」


言いかけた言葉が、喉で詰まる。


何を言おうとしたのか、分からない。


大事だったはずの言葉が、形を持たない。


葵は、少しだけ目を伏せた。


「それ、まだ言えないままなんだよね」


胸が、きしむ。


「……どういう意味だ」


葵は答えなかった。


代わりに、ゆっくりと祐介を見つめる。


「事故だったよ」


その一言。


世界が、ぐらりと揺れた。


音が消える。

色が剥がれる。

葵の輪郭が、崩れはじめる。


「待て! まだ――!」


祐介が叫ぶ。


手を伸ばした瞬間。


氷が、強く脈打った。


次の瞬間、景色は弾けるように消えた。


――現実。


クラクションの音。

人のざわめき。

夕焼けの交差点。


祐介は、歩道の端に膝をついていた。


息が荒い。


ポケットの中の氷は、静かだった。

さっきまでの熱は、もうない。


「……今の、なんだよ……」


夢じゃない。

幻覚とも、言い切れない。


確かに“そこにあった”。


(……事故だった)


その言葉だけが、頭に残る。


けれど。


それを言った“理由”も、

“過程”も、

やっぱり、思い出せない。


ただひとつ、確信できることがある。


――葵は、何かを言い残している。

――そして、自分は、それをまだ受け取れていない。


祐介は、氷を強く握った。


冷たさが、はっきりと伝わる。


逃げるな、と。

まだ終わっていない、と。


そんな感覚だけが、掌に残っていた。


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