11話「同じ言葉」
朝だった。
目覚ましが鳴るより先に、祐介は目を覚ました。
夢は見ていない。
正確には――見たはずなのに、内容だけが抜け落ちている。
胸の奥に、妙なざらつきが残っていた。
「……」
枕元に置いた氷が、淡く光っている。
触れると、いつもより温度が一定だった。
冷たいのに、冷たくない。
それが、少し怖い。
⸻
学校への道は、いつも通りだった。
信号の位置も、電柱の傷も、見慣れた風景。
なのに。
「……あれ?」
交差点で、足が止まる。
誰かが言っていた。
――事故だったから。
昨日も。
一昨日も。
今日も。
(……“だったから”って)
理由として、あまりにも便利すぎないか。
祐介は、通り過ぎる人たちを見た。
誰も、疑問を持っていない。
それどころか、
“考える必要すら感じていない”顔をしている。
まるで――
最初から答えが決められていたみたいに。
⸻
教室。
担任が、何気ない調子で言った。
「……妹さんの件、大変だったな。
でも、事故だったから」
その瞬間。
祐介の耳鳴りが、強くなった。
黒板の文字が、一瞬だけ歪む。
音が、半拍ずれる。
「……先生」
自分の声が、やけに遠い。
「事故って……
どんな、でしたっけ」
教室が、静まり返る。
担任は、少し困ったように笑った。
「いや……ほら……」
言葉を探す仕草。
けれど、出てくるのは――
「……事故だったからな」
同じ言葉。
同じ形。
同じ“逃げ道”。
祐介は、はっきりと確信した。
(思い出せないんじゃない)
(最初から、そこに行けない)
⸻
放課後。
気づけば、例の交差点に立っていた。
花は新しいものに変わっている。
誰かが、手向け続けている。
けれど――
誰も、立ち止まらない。
祐介は、ポケットの氷を握る。
「……なあ」
小さく、呟いた。
「俺だけが、おかしいのか?」
氷が、脈を打つ。
――いいえ。
言葉ではない。
けれど、否定だけがはっきり伝わる。
その瞬間。
世界が、また一拍遅れた。
風が止まり、
遠くの車の音が、引き延ばされる。
視界の端に、
“何かの境界”が、薄く滲む。
店でも、扉でもない。
ただ、
戻れなくなる線。
「……ここ、か」
祐介は、理解してしまった。
ここから先は、
“知らなかった自分”には戻れない。
氷が、静かに光る。
選べ、と言っている。
祐介は、深く息を吸った。
「……行くしか、ないよな」
答えはない。
けれど、拒絶もない。
世界は、まだ保たれている。
けれど――
確実に、歪み始めていた。
その中心に、
祐介自身が立っていることを、
もう否定できなかった




