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ムネモスアトリエ  作者: あむ。
1:青年と氷の結晶

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12/23

10話「思い出せないまま、前に進めると思った」

目を開けた瞬間、

祐介は自分の部屋に戻っていた。


見慣れた天井。

薄く差し込む夕方の光。

机の上には、いつもの教科書と、飲みかけのペットボトル。


――現実だ。


胸の奥に、わずかな安堵が広がる。


「……夢、じゃないよな」


手を開く。


そこに、氷はあった。


掌サイズのまま。

冷たく、静かで、

けれど確かに“在り続けている”。


「……連れていかれて、戻された」


言葉にすると、途端におかしな話だ。


知らない場所。

知らない存在。

それなのに、恐怖よりも――

「途中で切り上げられた」ような感覚が残っている。


(あの店……)


名前は、聞いていない。


思い出そうとすると、

輪郭だけが浮かんで、細部が定まらない。


ただ一つ、はっきりしていることがあった。


――“答えは、まだ出ていない”。


祐介は、ベッドに腰を下ろす。


氷を見つめる。


「……考える時間はある、って言ってたよな」


誰が、とは言わない。


あの軽い口調の少女。

そして、静かな目の“店主”。


彼女たちは、

葵のことも、事故のことも、

何一つ説明しなかった。


(なのに……)


不思議と、怒りは湧かなかった。


代わりに胸に残っているのは、

「自分で辿れ」と言われたような感覚。


その夜。


祐介は、久しぶりに夢を見た。


――横断歩道。

――信号。

――差し込む夕日。


そこまでは、いつもと同じ。


けれど、次の瞬間。


夢は、そこで“止まった”。


音がない。

時間が進まない。


ただ、景色だけが貼り付いたように存在している。


「……進めよ」


誰かの声ではない。


祐介自身の、苛立ちに近い感情。


一歩、踏み出そうとした瞬間。


夢が、砕けた。


目が覚める。


心臓が、早鐘を打っている。


「……くそ」


額を押さえ、息を整える。


夢の内容は覚えている。

だが、やはり――

“その先”だけが、ない。


起き上がり、カーテンを少し開ける。


外は、まだ暗い。


「……思い出せないままでも、生きてはいける」


誰かが言っていた気がする。


でも。


「……それでいいって、誰が決めたんだよ」


呟きは、部屋に落ちる。


返事はない。


だが、机の上で、

氷が、ほんの一瞬だけ光った。


同意でも、否定でもない。


ただ、

「まだ終わっていない」と告げるように。


祐介は、深く息を吸い、立ち上がった。


(逃げないって、言ったよな)


あの時。

氷に向かって。


なら。


「……まずは、自分で確かめるか」


何を?


事故の記録。

現場。

周囲の証言。


“事故だった”で済まされている、その中身。


氷を、ポケットに入れる。


冷たさが、確かな現実感を返してくる。


祐介は知らない。


この選択が、

再び“扉”を呼び寄せることになると。


物語は、

静かに、しかし確実に――

次の段階へ進み始めていた。

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