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ムネモスアトリエ  作者: あむ。
1:青年と氷の結晶

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10/23

8話「氷が選ぶ場所」


扉の向こうは、思っていたよりも広かった。


祐介は一歩、足を踏み入れる。

床は石でも木でもない。質感の判別できない、滑らかな平面。

冷たいはずなのに、足裏には違和感がなかった。


背後を振り返る。


――そこにあったはずの扉は、もう見当たらない。


「……閉じ込められた、ってわけでもなさそうだな」


声は、不思議と反響しなかった。

音が吸い取られるわけでもない。ただ、最初から“響く前提”がない。


視線を前に戻す。


店――と呼ぶには、少し曖昧な空間。

棚のような構造物が点在し、その上や内部に、大小さまざまな“氷”が鎮座している。


どれも静かだ。

動かない。

喋らない。

けれど、確かに“在る”。


祐介の手の中の氷が、かすかに熱を帯びた。


「……ここ、か」


言葉にした瞬間、空間の奥から声がした。


「正解」


軽い調子。

けれど、どこから聞こえたのか分からない。


祐介が見上げると、天井近くの梁の上に、少女が座っていた。


白に近い銀色の長い髪。

ラフな服装なのに、場違いなほど存在感がある。

赤い瞳が、こちらを楽しそうに覗き込んでいた。


「ようこそ。……って言うと、ちょっと堅いかな」


少女は梁から、ひらりと音もなく降りてくる。


着地は静かで、重さを感じさせない。


「まあ、とりあえず――迷わず来れたのはえらいえらい」


「……誰だよ」


警戒はしている。

けれど、不思議と恐怖はなかった。


「んー? 名前?」


少女は少し考える仕草をしてから、笑う。


「ルシェル。ここで働いてる側」


“店主”とは言わない。

あくまで、そこにいる者の言い方だった。


祐介は氷を見下ろし、また少女を見る。


「……ここ、何なんだ」


「“答え”をくれる場所じゃないよ」


即答だった。


「ただ、選ばれた人が、選ばれたものと向き合う場所」


どこかで線を引くような言い方。


祐介は、その違和感を飲み込む。


「選ばれた、って……」


「氷がね」


ルシェルは、祐介の手元をちらりと見る。


「君を連れてきた。

それだけ」


その言い方には、説明する気が最初からない。


沈黙が落ちる。


その沈黙を破ったのは、もう一人の声だった。


「……そこまで」


奥の影から、ゆっくりと人影が現れる。


淡い青の髪。

静かな目。

歩くたび、空間そのものが少しだけ引き締まる。


「おっ、きたきたー」


ルシェルが軽く手を振る。


「店主」


祐介は、その一言で理解する。


この場所の“中心”は、こちらだ。


「……あなたが?」


ヴェルネシアは、短く頷いた。


「ここは、あなたが長居する場所ではない」


否定でも拒絶でもない。

事実だけを述べる声。


「今日は、ここまで」


「え、もう?」


「まだ“縁”は浅い」


ルシェルの軽口を、ヴェルネシアは無視する。


「選ぶかどうかは、あなたが決める」


祐介の視線が、自然と氷へ落ちる。


光が、微かに脈を打った。


――言葉はない。

――でも、拒絶もない。


「……考える時間は?」


「ある」


即答。


「世界に戻ってから」


その言葉だけが、やけに現実的だった。


次の瞬間、足元の感覚が揺らぐ。


光が反転し、視界が白に滲む。


「またね」


ルシェルの声が、少し遠くなる。


「ちゃんと、物語が動いたら」


そして、祐介の意識は、元の世界へと引き戻された。


氷だけを、手に残して。

ストック切れです!読んでいただきありがとうございます!まだまだ頑張ります!

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