ペアシートでタピろ♡
未来琉:「へーえ、けっこーいいじゃん」
菜々実:「おしゃんな場所でしょ。みくる、こーゆーの好きかなって思って」
未来琉:「すきすき大好きだよーっ♡ すっごーい、このレトロ感よ! まさにカフェだね。予約ありがとね」
菜々実:「えへへっ、ペアシートが予約できて良かった。みくるとここに来るなら、ぜーったいにペアシートって決めてたんだ」
未来琉:「前からチェックしてくれてたの?」
菜々実:「まあね」
未来琉:「愛が深いわ」
菜々実:「さ、座ろ座ろ……ふえぇっ、クッション柔!」
未来琉:「あぁぁ……沁みるぅ。腰に効くわ」
菜々実:「日頃の疲れが癒されてくぅ」
(コンコンとノックの音)
スタッフ:「失礼します。お飲み物は何にいたしましょうか」
菜々実:「あ、メニューくださーい」
未来琉:「見せて見せて……すごっ。いっぱいあるねぇ。えー、どれにしよ」
菜々実:「あたしこれにする!」
未来琉:「なになに? タピオカほうじ茶ラテ黒蜜きなこ風味? 間違いないやつじゃん」
菜々実:「でっしょー? これ頼むって決めてたの」
未来琉:「席といいドリンクといい、決め打ちじゃん。あたしもこれにする!」
スタッフ:「かしこまりました」
(スタッフが退室する)
未来琉:「今日はほんとありがとね。何から何まで準備してくれて」
菜々実:「やだ改まらないでよ。あたしがやりたかったんだから」
未来琉:「えー、でも……」
菜々実:「こっちこそありがと。付き合ってくれて。みくるとでないとヤだったの」
未来琉:「え……♡」
菜々実:「えぇー……♡」
未来琉&菜々実「……」
未来琉:「あ、あのさ、暑くない? あたしだけ?」
菜々実:「そーいやコート着たままじゃん。脱ご脱ご」
未来琉:「わーっ、ななみん可愛い! それ、あのちゃんちゃんこ?」
菜々実:「そう! リメイクしたの」
未来琉:「あぁ、だから今日ベレー帽だったんだ。真っ赤っかコーデだね! 出かける前に、何か着込んでるなぁとは思ったんだよね」
菜々実:「ここ、袖周りと裾にねぇ、レースくっつけたんよ」
未来琉:「めちゃかわ! えー、ヒモも付け替えたの?」
菜々実:「チェーンにしちゃった」
未来琉:「襟キラキラじゃん。これ、一個いっこ付けたの?」
菜々実:「そう、小粒のビジューしか見つからなくってさ、縫うの大変だった」
未来琉:「ななみん相変わらず器用だね。若いころから色々作ってたよね」
菜々実:「服にお金かけられなかったからさ、苦肉の策だよ~」
未来琉:「それで安っぽくならないのがほんとすごいよ。あたし、普段着だよ」
菜々実:「いいじゃんいいじゃん。普段どおりのほうがリラックスできるって」
未来琉:「ありがと。ななみんだいすき♡」
(再びノックの音)
スタッフ:「失礼します。お飲み物をお持ちしました」
未来琉:「わぁ、ありがとーございまーす! すっごーい!!」
菜々実:「おいしそー! なつい!」
未来琉:「よく一緒にこーゆーの飲んだよね!!」
菜々実:「うんうん!!! うわぁ、あの頃がよみがえるゥ」
スタッフ:「お喜びいただいて何よりです。本日は最高の思い出作りのサポートをさせていただきますので、わたくしどもにできることがありましたら、遠慮なくおっしゃってくださいね」
未来琉:「ありがとうございます! それじゃ、これ、流してもらってもいいですか?」
スタッフ:「これは……メモリー媒体ですか?」
未来琉:「音楽データが入ってます。BGMサービスがあるって、サイトで見たんですけど……」
スタッフ:「かしこまりました。再生可能か確認しますので、いったんお預かりしますね」
未来琉:「よろしくお願いします!」
(スタッフが退室する)
菜々実:「なんだかんだ、みくるも準備してくれてたんじゃん」
未来琉:「えへへっ、なんたって『最高の思い出作り』だもんね」
菜々実:「何いれたの?」
未来琉:「なーいしょ! 聴いてからのお楽しみ!」
菜々実:「古いディスクだったよね。再生できるかな」
未来琉:「こーゆーところだもん。大丈夫じゃん? あ、ねぇねぇ、ここ見て! コンソールがあるよ」
菜々実:「環境設定できるんだね……へぇ! スキン変えれるっぽ」
未来琉:「わ! これカミナリ門じゃん!」
菜々実:「ピラミッドもある!」
未来琉:「あははっ、見て見て窓の外!」
菜々実:「うわっ、自由の女神がこっち見てる!?」
未来琉:「こっち見んな!」
菜々実:「みくるが選んだんじゃん!」
未来琉:「あはっ、そーだった!」
菜々実:「ワールドツアーだね」
未来琉:「一回ぐらい海外出てみたかったねぇ。そんな金なかったけどさ」
菜々実:「何いってんの、みくるのだんなさん向こうのご出身だったでしょ」
未来琉:「ダンナじゃなくて元! 元・ダンナ! だってェ……飛行機代高すぎるんだもん。結婚式のときにあっちの両親呼ぶのが精いっぱいだったよ」
菜々実:「帰省はひとりだけだったんだっけ」
未来琉:「そうそう。あたしと子どもはこっちで留守番。で、ちょうど向こうに行ってるときにロックダウンやら何やらありまして」
菜々実:「それでお国で浮気して離婚かぁ……国際結婚も大変だね」
未来琉:「きっつかったわァ。覚悟してたつもりだったんだけどね」
菜々実:「……あのとき力になれなくてごめんね」
未来琉:「いや、なんで謝るの!? ななみんにはいつも助けてもらってるよ!?」
菜々実:「ううん。今だから言うんだけど、なんか変だなって思ってたんだよ。女慣れしてるっていうか、本気さが感じられないっていうか。結婚前に止めればよかった」
未来琉:「……」
菜々実:「今言ってもしょうがないんだけどさ」
未来琉:「……」
菜々実:「いや、ほんとごめん。今言うことじゃなかった」
未来琉:(……ほんとだよ。あのとき止めてもらってたらあたし……)
菜々実:「ん? 聞こえなかった。ごめん、もっかい言って?」
未来琉:「ううん、なんでもない。あ、背景これでいい? 『滝壺』。癒しじゃない?」
菜々実:「アルファ波だっけ? いいじゃんいいじゃん」
未来琉:「じゃあ決定ね。わ、涼しくなった!」
菜々実:「すごい音! 雰囲気よきよき。さ、ほうじ茶のも!」
未来琉:「忘れてた。いただきまーす……ん! なんか入ってる!」
菜々実:「これタピオカじゃないじゃん。ただの黒いクラッシュゼリーだよ」
未来琉:「いや、噛めば確かにモチモチするかも?」
菜々実:「よくわからん」
未来琉:「ななみん総入れ歯だからだよ」
菜々実:「入れ歯で頼むものじゃなかったかな」
未来琉:「それはそう。でも、いいんじゃん? こういうところだもん。ちゃんと誤嚥対策してくれてるよ。ほら、ほうじ茶もとろみついてるし」
菜々実:「うん、飲みやすい」
未来琉:「うまー……」
菜々実:「五臓六腑に染み渡るゥ……」
未来琉:「昔、これ高かったよね」
菜々実:「そうそう、買うのに勇気がいった。だからこそのご褒美感ってゆーか」
未来琉:「ワープアだったよねぇ、あたしたち」
菜々実:「働けば働くほどドツボにはまってた」
未来琉:「社保重かったよねぇ」
菜々実:「これ以上増やすの!?って毎回思ってた。でも、真面目に払ってきてよかった。お互い、ほんとがんばったよね」
(突然、サンバミュージックが流れ始める)
菜々実:「うわびっくりした!?」
未来琉:「あ、よかった。再生できたんだ」
菜々実:「みくるが持ってきたのってこれ?」
未来琉:「うん」
菜々実:「……選曲神ってるね……いや、まぁ、なついけど」
未来琉:「お祭りっぽいほうが楽しいじゃん」
菜々実:「うん、まあ、それもそっか」
(みたび、ノックの音)
スタッフ:「お待たせいたしました。音量はいかがでしょうか」
未来琉:「はい、大丈夫です! ありがとうございます」
スタッフ:「何かございましたら、お申し付けくださいね。そろそろヘッドギアをお持ちしましょうか」
未来琉:「……だって。ななみん、いい?」
菜々実:「はい、お願いします」
スタッフ:「それでは、こちらからお好きなデザインをお選びください」
未来琉:「わ! かわいーい♡ いっぱいある!」
菜々実:「私、ねこちゃんで」
未来琉:「ななみんブレないね。生粋の猫派だよね」
菜々実:「前から決めてたんだ」
未来琉:「デバイスまで下見してたの!?」
菜々実:「そりゃ、楽しみすぎてさ。みくるはどうするの?」
未来琉:「うーん……どれにしようかな……あ! これにしまーす」
菜々実:(……サカバンバスピス……)
スタッフ:「かしこまりました。どうぞ」
未来琉:「かわいーい♡」
スタッフ:「装着されましたら、VRゴールドライフへの接続が開始されます。事前にお答え頂いたアンケートにそって、これまでのお二人の人生を踏まえたアバターが生成されます。装着後はお二人のパーソナリティーを、ギアを通してサーバーにアップロードします。この作業に五分から十分ほどかかります。その後、三分程度でVR環境を構築します」
菜々実:「はい」
スタッフ:「VRゴールドライフへ移行し、第二の人生が始まりましたら、第一の人生に戻ることはできません」
菜々実:「はい」
スタッフ:「それでは、ご同意のサインをこちらにお願いします」
菜々実:「……はい、どうぞ」
スタッフ:「そちらのお客様はいかがなさいますか?」
未来琉:「えっ……と……その」
菜々実:「あれっ……みくる、やめるの?」
未来琉:「ううん、そういうわけじゃないんだけど」
菜々実:「……やめていいんだよ。今日はあたしが無理に連れてきちゃったようなものなんだし」
未来琉:「ちがう、無理とかじゃないの。ごめん。ただ……」
菜々実:「……ただ?」
未来琉:「しばらく前に、子どもとビジターアカウントでゴールドライフにアクセスしたの」
菜々実:「えっ、誰に会いに行ったの?」
未来琉:「……元ダンナ」
菜々実:「また日本に来てたの? ……そうだったんだ」
未来琉:「そりゃあ、もう年だからね。働き続けるのがきつくなって、向こうじゃ暮らせなくなったみたい。で、会ってみたらさ」
菜々実:「うん」
未来琉:「なんか、あたしの知ってたダンナじゃなかったっていうか」
菜々実:「あぁー……」
未来琉:「90年代、外国生まれの既婚男性の枠でアバター作ってたはずなんだけどさ」
菜々実:「うん」
未来琉:「あいつ、あたしたちの記憶をごっそり削除したみたいで」
菜々実:「……あぁー……それは、みくるもまいちゃんもつらいね」
未来琉:「舞依はいい大人だからさ、そこは割り切ってたんだけど、なんか、あたしのほうがショック受けちゃって」
菜々実:「……」
スタッフ:「ゴールドライフにお持ち込みいただけるメモリー量は、これまでご本人さまがお支払いされてきた年金額に応じて決定します。国内での滞在期間が短ければ、メモリー上限もおのずと少なくなってくるかと」
未来琉:「ああ、やっぱりそうなんですね」
菜々実:「……カツカツだったのかもね」
未来琉:「うん。それはそうなんだけど。しばらくチャットしたんだけど、未来琉の名前も舞依の名前も、一回も出てこなかったんよ。名前なんて、ほんの数バイトじゃん。それすらあたしたちには割いてくれなかったんだなっていうか」
菜々実:「……そっか」
未来琉:「ごめん、なんか弱気になっちゃって」
スタッフ:「……本日は、キャンセルなさいますか?」
菜々実:「……そうしよ? 大事なことだもん、ちゃんと考えたほうがいいよ」
未来琉:「……ううん。やっぱり、受ける。同意します」
菜々実:「やめとこうよ! 今日じゃなくてもいいんだからさ」
未来琉:「ううん。ななみんがせっかく予約してくれたペアシートなんだもん。あたし、ゴールドライフに行くならななみんとがいい」
菜々実:「みくる……」
未来琉:「今日を逃すと、また何年も待たなくちゃいけなくなるもん。そうですよね?」
スタッフ:「はい。次のペアシートの空きは四年先で、キャンセル待ちは八百名ほどいらっしゃいます」
未来琉:「四年も待ったら、平均寿命がどんどん近付くよ。ほんとに死んじゃうかもしれないじゃん」
菜々実:「……」
未来琉:「だから、今日受けます。はい、サイン完了っと」
スタッフ:「ありがとうございました。それでは、ヘッドギアをしっかりと装着してください」
未来琉:「はーい」
菜々実:「……はい」
スタッフ:「確認いたします……はい、問題ございません。それでは、プロセスを進めてまいります」
(サンバミュージックが止まり、滝音だけが鳴り響く)
未来琉:「最後の最後でグダグダ言っちゃってごめんね」
菜々実:「ほんとによかったの?」
未来琉:「うん。第一の人生では遠回りしちゃったけど、第二の人生はななみんと過ごしたい!」
菜々実:「……そっか。ありがと」
未来琉:「こっちこそ! パートナーシップ登録しておいてよかったね」
菜々実:「夫婦がペアシートの予約条件って聞いたときは絶望した」
未来琉:「パートナー登録で通らないかってよく思いついたよね。ななみん、すごいよ」
菜々実:「老後をみくると過ごせたのがあたしの幸福よ」
未来琉:「あたしも♡ ねぇ、なんか、頭がかゆくない?」
菜々実:「あたし、眠くなってきた。ふあぁ……」
未来琉:「もうっ、あくびも可愛いなぁ♡ ほら。ちゃんちゃんこによだれがつくよ」
菜々実:「なんか言った?」
未来琉:「仕方ないなぁ、あたしが拭いてあげ……あれ、手が動かないや」
菜々実:「ごめん、限界。また向こうでね」
未来琉:「おやすみー」
菜々実:「おやすみ……」
未来琉:「寝るの早っ」
未来琉:「……ほんとに寝たの?」
未来琉:「……おやすみ、またね」
(五分後に、ペアシートから二人の老人が落下する)
(三分後、ヘッドギアの稼働停止を待って、スタッフはふたつのデバイスを回収した)
(十分後、ふたつの遺体がカフェ風の部屋から運び出される)
(そして、部屋のスクリーンに映し出されていた滝壺の風景が暗転し、水音が止まった)
(部屋は無人となり、一切の音が聞こえない)