表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

神の消える洞穴

作者: 詠出 歩詩乃

神は死んだ……いや、私達が神になった。


勇者が魔王を討伐し、女神は世界を魔界から切り離した。


その時から、私達の世界は平和になった。気候は常春となり、台地は青々と蘇った。飢えも戦争もなくなり、人は幸せを謳歌した……かと思った時間は長くは続かなかった。


世界が閉じたことで時間の概念が失われたのだ。私達はあれから人生100回分は時を歩んできただろう。いや、違うか。歩みは止まったのか……人は時の長さに耐えられなかった。


私は今日も墓に水をやる。土を掃き、石を磨き、花を添えてやる。


ここは神の墓場だ。


「また意味ないことして……そこにはもう誰もいないでしょ」


一人の男が声を掛けてくる。私のような墓守に声を掛けてくるもの好きだ。


「……いいんだよ。やりたいからやっているだけだ」


そう。彼らはここにはいない。私の行いには何の意味はない。人は神になったとき、生きる意味を失った。


何もせずとも生きていける国。常春の花は意味なく咲いては枯れ、記憶を失うほどに無限にくり返す停止した日々。子孫は産まれず、神は減っていくだけだった。


ここは、意味を失った神が行きつく場所なのだ。


「彼らはどこに消えたんだろうね……」


「そんなの分からないよ。だけど、なぜか皆ここに集まって消えるんだ」


ここは、常春の国で唯一冬が訪れる洞穴。光が差すことはなく、常に冷たい風が吹き抜けている。松明がトンネルの岩肌を照らし、赤い陰影がゆらゆらと不気味に踊る。


碑石はその奥に佇むように眠っている。私はそれを磨きに来ることを日課にしていた。いつからか、皆が墓石と呼ぶようになったこの石を。


「まったく、何でそんなことをするんだい。こんな誰もいないところで」


「なんでだろうねぇ。理由なんかないよ。やりたいだけさ」


そう、特に理由などない。いや、時の止まったこの世には、もうどこにも理由などないのかもしれない。


「あんたは何だって私に話しかけてくるんだい?」


「当たり前だろう。話しかけたいからだよ」


……理由のあるやつがいたか。理由を失わずにこの悠久の時を生きる神が。だが、それに意味はない。そんなことは、どうだっていい。


「意味のないことが好きだねぇ」


「そう好きなんだよ。君が」


うへぇ……


「もうどっかに行っておくれよ。疲れたよ」


「うん。また明日ね」


もう来るんじゃないよと思ったが、このやりとりも思い出せる最初の日から繰り返している。あいつは、恋をやめたら消えるんじゃないか?


一通り洞穴の中を掃除すると、外はもう夕暮れだった。お腹は空かない。この国では食べることすら必要ない。また明日、春の一日を繰り返すだけだ。もう寝よう。私は少し離れたところの草原に移動し、見飽きた夕日に背を向け横になった。



***



翌朝、目を覚ますと、不思議と今日も墓石を磨く気になる。何度目になるか分からない日課をこなしに腰を上げる。


しかし、洞穴の中にたどり着くと、奥にあるはずの碑石は消えていた。どこに行ったのかはわからない。しかし、誰かが運び去ったのではないことは分かった。ただ、消えたのだ。そう直感した。



「あぁ、みんないなくなったんだなぁ」



そう思ったとき、何かが胸の内でゆっくりと溶けていった。そのまま私は薄くなり、視界が白に沈んだ。



―― 冬の洞穴に春の陽気が吹き抜けた。



「君がいない……わたしが、消える」



男のつぶやきは、もう誰にも届くことはなかった。


最期まで読んでくれてありがとうございます。感想教えてくれたら嬉しいです。

感想がむずかしかったら、明日は何を磨くのかでも書いておくれ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 面白かったです。  なんかもう平和すぎて快適すぎて「地獄のような楽園だな」と思いました。そんな世界で淡々と繰り返される二人の会話が少し物悲しさを感じてよかったです。その流れで進む静かな締め方も印象…
鏡を磨くのはどうでしょう
 詠出先生流石というかファンタジーも網羅され向かう所敵なしっす    世界観の出し方が無敵過ぎです  ありがとうです  私も頑張る
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ