神の消える洞穴
神は死んだ……いや、私達が神になった。
勇者が魔王を討伐し、女神は世界を魔界から切り離した。
その時から、私達の世界は平和になった。気候は常春となり、台地は青々と蘇った。飢えも戦争もなくなり、人は幸せを謳歌した……かと思った時間は長くは続かなかった。
世界が閉じたことで時間の概念が失われたのだ。私達はあれから人生100回分は時を歩んできただろう。いや、違うか。歩みは止まったのか……人は時の長さに耐えられなかった。
私は今日も墓に水をやる。土を掃き、石を磨き、花を添えてやる。
ここは神の墓場だ。
「また意味ないことして……そこにはもう誰もいないでしょ」
一人の男が声を掛けてくる。私のような墓守に声を掛けてくるもの好きだ。
「……いいんだよ。やりたいからやっているだけだ」
そう。彼らはここにはいない。私の行いには何の意味はない。人は神になったとき、生きる意味を失った。
何もせずとも生きていける国。常春の花は意味なく咲いては枯れ、記憶を失うほどに無限にくり返す停止した日々。子孫は産まれず、神は減っていくだけだった。
ここは、意味を失った神が行きつく場所なのだ。
「彼らはどこに消えたんだろうね……」
「そんなの分からないよ。だけど、なぜか皆ここに集まって消えるんだ」
ここは、常春の国で唯一冬が訪れる洞穴。光が差すことはなく、常に冷たい風が吹き抜けている。松明がトンネルの岩肌を照らし、赤い陰影がゆらゆらと不気味に踊る。
碑石はその奥に佇むように眠っている。私はそれを磨きに来ることを日課にしていた。いつからか、皆が墓石と呼ぶようになったこの石を。
「まったく、何でそんなことをするんだい。こんな誰もいないところで」
「なんでだろうねぇ。理由なんかないよ。やりたいだけさ」
そう、特に理由などない。いや、時の止まったこの世には、もうどこにも理由などないのかもしれない。
「あんたは何だって私に話しかけてくるんだい?」
「当たり前だろう。話しかけたいからだよ」
……理由のあるやつがいたか。理由を失わずにこの悠久の時を生きる神が。だが、それに意味はない。そんなことは、どうだっていい。
「意味のないことが好きだねぇ」
「そう好きなんだよ。君が」
うへぇ……
「もうどっかに行っておくれよ。疲れたよ」
「うん。また明日ね」
もう来るんじゃないよと思ったが、このやりとりも思い出せる最初の日から繰り返している。あいつは、恋をやめたら消えるんじゃないか?
一通り洞穴の中を掃除すると、外はもう夕暮れだった。お腹は空かない。この国では食べることすら必要ない。また明日、春の一日を繰り返すだけだ。もう寝よう。私は少し離れたところの草原に移動し、見飽きた夕日に背を向け横になった。
***
翌朝、目を覚ますと、不思議と今日も墓石を磨く気になる。何度目になるか分からない日課をこなしに腰を上げる。
しかし、洞穴の中にたどり着くと、奥にあるはずの碑石は消えていた。どこに行ったのかはわからない。しかし、誰かが運び去ったのではないことは分かった。ただ、消えたのだ。そう直感した。
「あぁ、みんないなくなったんだなぁ」
そう思ったとき、何かが胸の内でゆっくりと溶けていった。そのまま私は薄くなり、視界が白に沈んだ。
―― 冬の洞穴に春の陽気が吹き抜けた。
「君がいない……わたしが、消える」
男のつぶやきは、もう誰にも届くことはなかった。
最期まで読んでくれてありがとうございます。感想教えてくれたら嬉しいです。
感想がむずかしかったら、明日は何を磨くのかでも書いておくれ。