表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

Chapter 4 ― 封印された最初の箱

ブリリアン・シャットが最初に“切断マジック”を試みたのは、まだ名もない若い奇術師だった頃。


国際舞台に立つ前、彼女はヨーロッパの小劇場を回っていた。

演出も未完成で、舞台装置も手作り。

だが、彼女の目には確かな情熱と過信が宿っていた。


「命を預けさせることができれば、それは真の奇術だ」

そう信じていた。



最初の“切断箱”は、黒い塗装の木製装置だった。

動力もセンサーもなく、物理構造に頼った古典的なもの。

ブリリアンは自ら設計し、試作を繰り返した。


そしてある夜、親しい舞台仲間――リアーナ・グレイという若い女性が、

観客役を兼ねて“中に入る側”を申し出た。


「あなたのマジック、私が世界で最初に証明してあげる」


そう言って笑った。



舞台は順調に進んだ。

観客は沸き、音響と照明も予定通り。

箱が分離し、リアーナの身体が“切断”されたように見えた瞬間、

世界は歓声で包まれた――はずだった。


だが、その直後。


金属音。異音。沈黙。


「…止まった?」


スタッフの声。

ブリリアンの手元に残されたレバーが――作動していなかった。



舞台裏に運ばれたリアーナは、軽い裂傷と脊椎への打撲を負い、

長く後遺症に苦しむこととなる。


命は助かった。

だが、舞台の信頼も、ブリリアンの名も――そこで一度、消えた。



彼女は数か月、人前に立たなかった。


切断装置は倉庫に封印され、ブリリアンは手帳にこう記した。


「失敗の代償が他人であってはならない」

「安全は仕掛けにではなく、“心の構造”に宿るもの」



それからの彼女は、奇術を「技術」から「感情」へと変えていった。

機構を仕込むのではなく、人の心に“仕組み”を作るマジック。


切られない。だが、切られたように感じる。

壊さない。だが、壊されたように震える。


“安全”とは、「傷を負わせない設計」ではなく――

「傷を超える経験を作る設計」なのだと。



現在も、あの黒い箱は倉庫の隅にある。

触れることはない。

だが、それを設計した過去こそが――今の彼女の舞台すべての根幹にある。



完璧なマジックは、完璧な失敗から生まれる。

ブリリアン・シャットの“安全な切断”には、決して明かされない代償が込められている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ