Chapter 4 ― 封印された最初の箱
ブリリアン・シャットが最初に“切断マジック”を試みたのは、まだ名もない若い奇術師だった頃。
国際舞台に立つ前、彼女はヨーロッパの小劇場を回っていた。
演出も未完成で、舞台装置も手作り。
だが、彼女の目には確かな情熱と過信が宿っていた。
「命を預けさせることができれば、それは真の奇術だ」
そう信じていた。
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最初の“切断箱”は、黒い塗装の木製装置だった。
動力もセンサーもなく、物理構造に頼った古典的なもの。
ブリリアンは自ら設計し、試作を繰り返した。
そしてある夜、親しい舞台仲間――リアーナ・グレイという若い女性が、
観客役を兼ねて“中に入る側”を申し出た。
「あなたのマジック、私が世界で最初に証明してあげる」
そう言って笑った。
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舞台は順調に進んだ。
観客は沸き、音響と照明も予定通り。
箱が分離し、リアーナの身体が“切断”されたように見えた瞬間、
世界は歓声で包まれた――はずだった。
だが、その直後。
金属音。異音。沈黙。
「…止まった?」
スタッフの声。
ブリリアンの手元に残されたレバーが――作動していなかった。
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舞台裏に運ばれたリアーナは、軽い裂傷と脊椎への打撲を負い、
長く後遺症に苦しむこととなる。
命は助かった。
だが、舞台の信頼も、ブリリアンの名も――そこで一度、消えた。
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彼女は数か月、人前に立たなかった。
切断装置は倉庫に封印され、ブリリアンは手帳にこう記した。
「失敗の代償が他人であってはならない」
「安全は仕掛けにではなく、“心の構造”に宿るもの」
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それからの彼女は、奇術を「技術」から「感情」へと変えていった。
機構を仕込むのではなく、人の心に“仕組み”を作るマジック。
切られない。だが、切られたように感じる。
壊さない。だが、壊されたように震える。
“安全”とは、「傷を負わせない設計」ではなく――
「傷を超える経験を作る設計」なのだと。
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現在も、あの黒い箱は倉庫の隅にある。
触れることはない。
だが、それを設計した過去こそが――今の彼女の舞台すべての根幹にある。
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完璧なマジックは、完璧な失敗から生まれる。
ブリリアン・シャットの“安全な切断”には、決して明かされない代償が込められている。