表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

Prologue ― 黄金の箱と一夜の劇場

霧の夜だった。


ロンドン湾に近いカナリー埠頭。

錆びたレール、倉庫の影、コンクリートの裂け目に残る潮のにおい。

一見すれば誰も近づかない寂れた港町に、それは――忽然と現れた。


“黄金の箱”。

それはまるで巨大な宝石箱のように、静かに地面に据えられていた。


そしてその周囲に、ゆっくりと形を成していく仮設劇場。

まるで誰かが空気に指を通して描いたように、光と布と足場が重なりあって生まれていく。


人々は言葉も交わさず、吸い寄せられるようにそこへ集まっていた。



招待状はなかった。

ただ、一枚のスペードのトランプが届いたという者がいた。


そこに刻まれていたのは、こういう言葉だった。


“This is the safest death you’ll never die.”

– Brillian Shatt ♠


「死なない死の瞬間」。

誰がそんな言葉を信じるだろう?


だが、それは確かにブリリアン・シャットの名で送られた。


彼女の名は世界を駆けていた。

姿は決して見せず、情報もわずか、けれど彼女が演じるマジックは――常に“現実を超えていた”。



この夜の演目の名前は、すでに都市伝説になっていた。


「世界一安全な切断マジック」


「切断」は、奇術史の中で最も古く、そして最も危険な演目のひとつ。


幾度となく事故が起き、放送も制限され、舞台での演出も長らく“封印”されていた。


そんな“演目の禁忌”を、今夜、誰かが目撃する。


しかもそれが――安全だと言うのだ。



劇場が完成した時刻、深夜1時。


ライトが落ち、音楽が止み、海の風さえも音を消した瞬間だった。


ステージ中央に、一筋の煙が立ち昇る。


そこに、黒いマントとトップハットの女が立っていた。


白銀の髪。微笑。紫の瞳。


そして――

完璧な“沈黙の圧”。


ブリリアン・シャットは、確かにそこにいた。



観客が息を止めた。

そして、彼女は一歩前に出て、まっすぐに言った。


「Ladies and Gentlemen…

 今夜、私が“切断”するのは、肉体ではありません。

 あなたの、信じている現実そのものです。」



舞台の中央に、黄金の箱が輝く。

それはまるで、生き物のように鼓動していた。


切るか、信じるか。

生きるか、驚くか。


観客100名の中から、今宵その“中”に入るのは、誰か――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ