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第5話 巨人の性質

 大型の巨人たちが俺を獲物として認識するにはそう時間が掛からなかった。彼らの無表情の奥から、俺という存在を食ってやろうという不敵な笑みが溢れだしていた。


 自分が手を下さずとも立っているだけで死んでいく者たち。それに連れて巨大化し、より化け物じみていく身体。止めどなく溢れる哀れな笑い。──早く、誰でもいいから終わらせてくれと願いも届かず、続いていく戦い。その反面、痛みも疲れも感じない鈍感な巨躯。……時間の経過とともに、頭だけが冴えていく。感情の置き所に迷いが生じる。


 このような罰を考え出した神への考え方に多少の変化が萌してもいた。神は永遠の地獄を与えたもうたのだ。俺から全てを奪う。役割を反転させた上で、人間性を奪い去ろうという見えざる者の狡猾さが身に沁み始めていた。


 全ての巨人が死に尽くすまで、これは終わらないということを理解し始めていた。そうならば、俺はもう踊り続けるしかないのだろう。神の手の平の上で、哀れな踊りを舞い続けねばならぬのだ。


 対面した大型の一体が俺に目掛けて大振りで殴りかかった。右の頬に直撃した拳が凄まじい音とともに砕けた。俺はよろけることもなく、やはり痛みも感じなかった。


「早く、早く殺してくれ。終わらせてくれ」


 しかし、これまでとは違う点があった。それは、右腕を失った巨人の表情に現れたほんの些細な変化だった。強張った表情の奥で確かに感情の変化が見えたのだ。どうやらそれは、気のせいではなかった。巨人は、一歩後退りすると、まるで俺から逃げるように背を向けて走りだしていた。


 走りながら奴の身体はぼろぼろと崩れだしていたが、それでも構わず走り続けていた。そして、前からやってきた別の巨人にぶつかると、そのまま散り散りになって消失してしまった。


 不思議と奴の中に現れた感情の正体に気がついた。

 恐怖──俺も幼い頃に抱いたことがある。死を遠ざけ、生きることにしがみついていた頃に抱いた感情である。彼らもまた、恐怖という感情を持ち合わせているのだと俺は確信した。それは、殺戮による成長により獲得したものだろうか? 先ほどまでの連中には感じられなかったものだった。


 痛みを感じなくなって忘れていた感情を俺は思い出していた。そうだ、死ぬのは恐ろしいのだ。痛みとは、その防衛本能の発現でしかないのだ。だが、俺は知っていた──生きる方がよっぽど恐ろしいのだと。


 おそらく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これが新たな俺の考察だった。そして、俺はその感情の欠如によって彼らより頑丈なのだ。つまり、神は俺の恐怖という感情の欠落にお怒りなのだろう。それを抱くまでは死は訪れぬと宣言が下ったのだと考えた。


 俺は、あたりを見回し、顔を見上げた。同程度のサイズのものも、さらに大きなものもまだ何百体といる。この巨人の巣の外はどうなっているのだろう? そこでもまた、さらに大きな巨人たちが拳を交えて殺し合いを繰り広げているのだろうか。


 彼らもまた俺を攻撃する。大きいものが、自分より小さなものを見つけて攻撃し、殺すことができれば成長する。ただ、それの繰り返しだった。そして、俺は、俺を殺すことのできる一体に出会えるまでずっと、その中に身を晒し続けるのだった。再び、空に腕を振り上げ、弧を描くように振り下ろす。死の震源でタクトを振るう俺は、まるで自分が死を奏でているように錯覚させられた。


 時間が経つにつれて、その数も次々に減っていった。俺は何もしていないのにどんどんと巨大化していた。立っているだけで、より巨人らしく、獰猛に、猛々しく、巨大に成長し続けた。


 巨人としての本能にも従えず、人間らしく生きることにも、死ぬことにも鈍感なまま、目を背け続け、ただこうして立っているだけの俺が一番の化け物であるように思えた。それを思えば他の巨人たちは皆、()()()()()()、その生に対してどこまでも愚直に、貪欲に向かい合っているのだ。俺だけが取り残されているような気分になった。


 そして、いよいよ俺は最後の一体と向かい合うことになった。


 あれほどの数がいた同腹の兄弟たちを喰らい尽くした末に、どちらもその身長は天井に届きそうなほどになっていた。あの無限に広く感じられた暗闇が、今や窮屈に思えるほど、俺たちは成長していた。一体どれほどの時間、戦いの最中にいたのか想像もつかないが、この勝負を制した方が、その身体でこの巣穴を突き破り外の世界に出て行ける、そんな確信があった。


 それは同時に、俺に死を与えられるのが、この目の前の彼だけなのだという絶望感が急に押し寄せもした。目の前で輝く眼光には恐れも、不安もなかった。彼は、最後に殺した巨人の腕を俺に見せびらかすように豪快に頬張って見せる。全てを食べ切ると、俺の方をまじまじと見て、はっきりと不敵な笑みを浮かべた。そこには、自分こそが()()()()()だという自負と自信に満ちた輝きが、はたと煌めいているのだ。

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