第4話 巨人の力
ああ、俺はもう人間ではないのだ。
そう思うとどこかすっきりとするものがあった。よくよく考えれば、これまでの人生でも俺は化け物として他者の目に映っていたのではないかと思い至る。そうすると、俺は特段、何も変わっていないし、この周囲で起きている異常に思える状況も、転生前と大して変わり映えのしないものに思えた。
同時に、簡単に死を許さない神への怒りが湧いた。転生、そんなことを本当に実現させる者がいるのなら、神という存在がいると信じざるを得ない。しかし、それなら、どうして簡単に俺を罰してくれないのだと思った。しかし、それは俺が罰にも値しない、所詮、神の目にも入らない程度の矮小な存在でしかないのだと反省も生まれた。
ゆっくりと立ち上がると、俺は奴と向かい合った。
その動きと、所々が砕け落ちぼろぼろになった身体から、奴に残された力はそう多くはないと見えた。立ち上がってみてようやく実感したが、それでも奴の体つきなら、渾身の一撃を放てば俺くらい簡単に倒せてしまうような体格差があった。
奴もまたそれを理解したかのように身構えると、地面を蹴って俺に向かって突進した。頭部を思い切り後ろに反る。頭突きを喰らわせようという大ぶりの攻撃が用意されていた。
「さあ、殺せよ。お前の役割を果たすんだ」
俺は小さく心に唱えた。
奴は勢いのままに強烈な勢いの頭突きを見舞った。俺の額に向けられたそれは間違いなく直撃していた。
しかし、次の瞬間に激しく砕け散り、明確な死を迎えていたのは、俺ではなく奴の方だった。俺にぶつけた頭部がばらばらに弾け、亀裂が全身に走ると、そのまま跡形もなく無惨に崩れ落ちていった。
やはり、全く痛みはなかった。自分の体が壊れている様子も見受けられなかった。しかし、その衝撃音に惹きつけれれたのか、周囲の幼体たちが一斉にこちらを見た。不思議と、奴らが先ほどより小さくなっているように見えた。
いや違う、俺の方が大きくなっているのだ。
何十体もの兄弟たちが、獲物として俺を認識した瞬間でもあった。彼らは俺を目掛けて勢いよく突進を始めた。その数を避け切ることなど、当然俺にはできなかった。あの数だ、今度こそは終われると信じた。
捕食者たちが獲物を目掛けて一心不乱に駆け出していた。一体一体は比較的小さいが、それが何十体もの数となると、地面を蹴り飛ばし、走り出しただけで大きな音を発した。四方から迫り来る中心に立たされると、心地よくすらある死へのリズムを感じるようだった。
「さあ、殺せ、殺せ、殺せ、俺を糧にして成長しろ」
俺はまるで兄弟たちの奏でるリズムの指揮者然となって、面白おかしく空手で指揮棒を振るった。最期くらいそちら側の役割を担っても許されるだろうか。俺に役割を与え、この世界に連れてきた神への模倣が罪深いと知りながらも、俺はその手を抑えることのできなかったのは、狂気に支配されていたからなのかもしれない。俺は笑いが止まらなかった。
だが、現実はそう甘くはなかった。俺の体に激突ものから順に、固い岩盤にぶち当たったかのように激しい音を立てて弾け散っていくのだ。次から次へと、死そのものに突撃するかのように、兄弟たちは跡形もなく姿を消していった。
それでも俺は、狂ったように笑いながら指揮棒を振り続けていた。自分の死が嫌というほど遠く、むしろ周囲の死を誘引し続けていることを知りながら、それでも一心不乱に踊るかのような愚かな振る舞いを続けていた。
気づけば、俺の体はどんどん大きくなり、その笑いはますます歪になった。あまりに遠い死を悟り、いくつかの事実を認めざるを得なかった。
俺が他の化け物たちに比べても、どうしようもなく固いこと。痛みに鈍感すぎるということ。そして、どうやら同類たちが俺に攻撃して死にゆく度に、俺自身の体が確実に成長しているということだった。
奴らは確かに共食いをしていた。殺した巨人を口に運んでいた。しかし、あの共食いはどうやら、自らの力を誇示するためだけにあるポーズだった。実際には、喰うことではなく、同類を殺すことで巨人たちは成長を続けているのだ。
そして、俺もまた、そのような体を手にしているのだ。殺した数だけ、体は巨大になり、鈍重に、強靱になっていくのだ。つまり、より化け物らしく成長するということだ。
周囲の小型の巨人たちはすでに姿を消し、俺はあの大型の巨人たちに肩を並べようとしていた。