第2話 暗闇の巨人たち
目を覚ますと俺は深い暗闇の底にいた。体は鉛のように重く、思うように動かすことができなかった。眼が慣れるまで随分と時間がかかった。ようやく少し慣れた眼球を動かし周囲を見渡すと、俺の周りには誰一人、先ほどまで一緒にいたはずのクラスメイトたちの姿は見当たらなかった。
ここが見慣れた教室ではないことは一目瞭然だった。
俺の目に映るものにヒントはなかったが、周囲に蠢く怪しい物音が鼓膜を嫌らしく揺らした。まるで、何かが何かを喰らっているかのような、粗雑で痛々しい咀嚼音と、歯と歯がぶつかり軋む音、岩と岩とが激しく衝突するような巨大な衝撃音が響いた。
音の正体を見極めるため、目を凝らしてゆくと暗闇で光るものが目に止まった。それは目だった。怪しい眼光がいくつも暗闇の中を動いていた。大小様々な不気味な眼光が、幾つもの動き回っているのだった。それは、互いに殴打し合い、打ち倒しては喰らうことを繰り返していた。
その全てが圧倒的な巨大さを持っていた。
まるでイースター島のモアイ像を想起させる見た目。あれが足を持って直立したらこうなるだろうこと想像させる。目は落ち窪み、表情は乏しく、丸みを帯びた石像のような体躯。大小様々ではあるが、俺を遥かに超える巨人たちが荒々しく闘っていた。そのあまりの大きさに、現実感が湧かなかった。目の錯覚を疑った。しかし、空気を激しく揺らす途轍もない轟音が、これは現実であると伝えていた。
あまりのことに、俺は笑いを溢した。何故か笑わずにはいられなかった。少し間違えば、俺など彼らの視界にも入らず、気づかれることもないまま踏み潰されて死んでしまうだろう。
よく慣れたてきた目は、また別のものを映し出した。
俺の隣では小さな巨人たちが、同様に闘い始めているのだ。それは恐らく俺と同じくらいのサイズに思えた。あの大型の巨人たちと比べれば、生まれたばかりの幼児のような大きさと、動きに思えてならなかった。彼らもまた、乱雑に殴打し合い、負けた者は勝者の胃袋に収った。大人たちと同じく、無表情で、同類を喰らうのに一切の躊躇はなかった。そして、共食いをすると勝者の体つきが僅かに大きくなっているように思えた。
そして、そのうちの一体が俺のそばにゆっくりと近づいてくるのだ。
その眼光は、ただ餌を見つけた捕食者の輝きを持っていた。途中に打ち捨てられた同類の死骸には目もくれず、無言で踏み潰す様子は、確実に俺に狙いを定めた者の足取りだった。
俺はもう笑いを止めることができなかった。表情が歪んでしまうほどの笑いが込み上げていた。恐怖、という言葉が思わず脳裏に浮かんだ。
「ああ、俺は死ぬんだ」
俺は心に唱えていた。意味もなく、感慨もなく、感動も、救済も罰すらもなく、俺はただ死ぬのだ。不思議と絶望はなかった。そして、奇妙なことに「やっと」という思いが浮かんだ。無抵抗の死を受け入れ始め、彼らの養分となる自分に意味を見出そうとしていた。この状況を希望的だとすら思い始めていた。しかし、近づく足音と、周囲に響く轟音は、そんな考えすら全てかき消してしまった。
残されたのは、奇妙な喜びの感情だけだった。
俺は、この瞬間をずっと待っていたのかもしれない。脳裏が白く染まり、無意味な死が訪れるこの時のために、俺は今日まで生きてきたのかもしれない。
ちょうど目の前に奴が立った。
怪しい眼光と表情のなさは変わらない。しかし、その目の奥に、嫌らしい笑みが讃えられている事がわかった。奴もまたその石のように固い表情の下で、笑っているのだ。長い腕を勢いよく振り上げ、俺の腹部に目掛けて、その重みの許すままに振り下ろそうとしている。
明確な死が、目前にある。奇妙な喜びが俺の胸を満たし切る、その瞬間を控えて、また不思議な感情が芽生える。脳裏に浮かぶ、伊織の顔、届かなかったあの細く白い手。彼女の大きな瞳に映った、必死にその手を掴もうとする俺自身。
何故だか、そんな異様にはっきりとした記憶が俺の脳裏を満たしていた。