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プロローグ

        第一章 プロローグ


僕の名前は高杉汐。どこにでもいるような、平凡な高校3年生だ。


...少なくとも、表面上はね。


「おはよう、汐!」


今日も元気な声で僕に挨拶をするのは、幼なじみのリョウ。彼の明るい性格は、いつも僕を少し不安にさせる。だって、僕みたいな人見知りで冴えない奴と、どうして友達でいてくれるんだろう?


「あ、ああ...おはよう」


僕の返事は、いつもどおり小さくて曖昧だ。周りの目が気になって、大きな声を出すのは苦手なんだ。


教室に入ると、いつもの喧騒が広がっている。女子たちのキャピキャピした会話、男子たちの下品な冗談。僕は、そんな日常の中で、いつも部外者のような気分だった。


「ねえねえ、汐くん!」


クラスの人気者、美咲が僕に話しかけてくる。彼女の笑顔は、まるで太陽のようだ。眩しすぎて、直視できない。


「な、なに...?」


「今度の文化祭、何か案ある?」


「え...僕?」


僕は慌てて周りを見回す。他にも意見を聞けそうな奴はたくさんいるはずなのに、なぜか僕に聞いてくる。これが、いわゆる「空気を読めない」状況というやつなのだろうか。


「う~ん、特に...ないかな」


「そっか~。また何か思いついたら教えてね!」


美咲は笑顔で去っていく。僕は、自分の答えが適切だったのか、それとも彼女を失望させてしまったのか、考え込んでしまう。こういう些細なことでさえ、僕は常に不安になってしまうんだ。


授業が始まる。先生の声が教室に響くが、僕の頭の中はぐるぐると回り続ける思考でいっぱいだ。


(このまま平凡に生きていくのかな...)


(大学に行って、就職して、結婚して...)


(それで本当にいいのかな...)


ハッと我に返る。黒板には、僕が全く理解していない数式が書かれている。ため息をつきながら、適当にノートを取る。


昼休み。僕は、いつものように屋上でリョウと弁当を広げる。


「うわ、今日も汐の弁当、豪華だなあ!」


リョウの言葉に、僕は少し照れる。


「まあ...母さんが頑張ってくれてるから」


「いいよなあ。うちの母ちゃんなんて、最近コンビニ弁当ばっかりで...」


リョウの言葉に、僕は複雑な気分になる。確かに、母の愛情たっぷりの弁当は嬉しい。でも同時に、こんなに頑張ってくれる母に申し訳ない気持ちもある。僕は、その期待に応えられるような人間なのだろうか。


「なあ、汐」


リョウの声で、僕は思考から引き戻される。


「最近、なんかモヤモヤしてるみたいだけど...大丈夫か?」


「え...?」


僕は驚いて顔を上げる。まさか、こんな僕の気持ちを察してくれる人がいるなんて...


「別に...大丈夫だよ」


口ではそう言いながら、心の中では叫んでいた。


(大丈夫じゃない!)


(この退屈な日常に、僕は窒息しそうなんだ!)


でも、そんなことを口に出せるはずがない。周りの人たちを不快にさせたくない。自分の弱さを晒したくない。そんな思いが、僕の本音を押し殺してしまう。


放課後。部活動をしない僕たちは、いつものように帰路につく。


「なあ、汐。明日の朝、一緒に走りに行かないか?」


突然のリョウの提案に、僕は戸惑う。


「朝...って、何時くらい...?」


「6時くらいかな」


「む、無理だよ...」


僕は即座に断る。だって、人目につかない時間に外を走り回るなんて...考えただけでぞっとする。


「そうか...じゃあ、また今度な」


リョウは少し残念そうだ。僕は、自分の臆病さを恥じる。


家に帰ると、いつもの静けさが僕を包む。

「ただいま」


返事はない。親は仕事で遅いのがいつものことだ。


部屋に入り、バッグを投げ出す。ベッドに倒れ込むと、天井を見つめる。


「このまま...ずっと変わらないのかな」


その思いが、胸の奥で渦を巻く。僕は、このままでいいのだろうか。でも、変わりたくても、どう変われば良いのか分からない。


夕食を済ませた後、僕は部屋でゲームを始める。バーチャルな世界なら、僕でも主人公になれる。現実逃避?まあ、そうかもしれない。でも、それが僕の唯一の慰めなんだ。


ふと、窓の外を見る。夜空に浮かぶ月が、僕を誘っているような気がする。


(外に出たい...)


その衝動が、僕の理性を押しのける。


僕の目は、部屋の隅に置いてあるバイクの鍵に釘付けになる。あのバイク...父さんが僕の誕生日にくれた大切なものだ。でも、人目が気になって、ほとんど乗れていない。


(今なら...誰も見ていない)


心臓の鼓動が早くなる。喉が乾く。手のひらに汗がにじむ。


(行こう...今しかない)


僕の中で、何かが壊れる音がした。


いつもの臆病な自分が、どこかに消えていく。代わりに、未知の興奮が全身を駆け巡る。


「くそっ...」


我慢できなくなった僕は、衝動的に部屋を飛び出す。バイクの鍵を手に取り、ガレージに向かう。


エンジンをかけると、心臓が跳ね上がりそうになる。


(人目につかないうちに...)


そう思いながら、僕はバイクを走らせる。


最初は恐る恐るのスピードだった。でも、だんだんと速度が出てくる。風が頬を撫でる感覚に、僕は夢中になっていく。


街灯が流れるように過ぎ去っていく。夜の街を走る僕は、まるで別人のようだ。


(これが...自由ってやつか)


今まで感じたことのない高揚感が、僕を包み込む。


心の中のわだかまりが、風と一緒に吹き飛んでいくような気がした。


郊外の道路に出ると、僕はさらにスピードを上げる。


(もっと...もっと速く)


理性が「危険だ」と警告を発しているのに、体は勝手に動く。


アクセルを開ける。風切り音が耳を圧する。視界が狭まっていく。


でも、怖くない。むしろ、この感覚に酔いしれていた。


(僕は...生きている)


そう実感できた瞬間、悲劇は起きた。


「え...?」


目の前に突如として現れた車。気づいた時には、もう遅かった。


避けようと必死にハンドルを切るが、バイクは大きく傾く。

衝撃が全身を襲う。


「ああ...こんな形で終わるのか...」


宙を舞う僕の目に、夜空の星が映る。不思議と、恐怖はない。ただ、後悔だけが残る。


(もっと...勇気を出せば良かった)


意識が遠のいていく。最後の思考が、僕の中で繰り返される。


(ごめん...母さん、父さん...僕は、結局...)


そして、全てが闇に包まれた。

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