13話 君は優しい魔族
「……はぁ?」
霧の中から聞こえてきた声は、明らかに困惑していた。
そして、ヴィンスは力強く言った。
「お前が嘘をついて迷わせているのは、人間を死なせないためだろ?」
アシュリンからの返事はなかった。
まるで、こちらの真意を探るような沈黙。
都合がいい。ここぞとばかりにヴィンスは畳みかけた。
「本来魔王城に向かうには北西か北東から回り込んで向かうのが一般的だが、このボイル峡谷を通れば、魔王城のあるスイゴまでは一直線。要はショートカットすることができる。だが……このショートカット、実は魔王側の罠なんだよな?」
「そうなの⁉」
キーヴァも初めて聞くことに驚いているようだ。
だが、確証は無い。
そもそも、魔族領の正確な距離すら分からない王都側が、魔王軍の正確な動向など分かるはずもない。
「ここはさっき説明した通り、戦略敵に重要な場所だ。魔王軍が何も対策をしていないなんてあるわけがない。大方、ボイル峡谷の後ろの方に軍を置いてるんだろう」
と、最もな理由を並べたが、これも確証は無い。
「だったら、こいつが人間の通行の邪魔するのおかしくない? こいつも魔族だよ? 人間が惨めに死ぬほうが嬉しいでしょ」
「すっごい差別的なお嬢ちゃんね」
俺もそう思う。
だが、アシュリンが邪魔をしている理由についてはキーヴァの言う通り、魔族としてはおかしい行動なのだ。
「だから、優しいんだよアシュリンは」
「……何回言うつもりなの? 気持ち悪いんだけど」
「何回でも言うぞ、優しいアシュリンさん。お前は人間に危害を加えるつもりがないんだろ?」
「迷わせて目的地につけないようにしてないのは、危害に入らないの?」
「他の魔族に比べたら子供の遊びレベルだろ。普通の魔族なら食ってるか、拉致してるだろ。でもお前はどちらもやらない。ただ、ここから人間を遠ざけようとしているだけの善良な魔族だ」
「また、証拠もなく変なことを言うのね」
どうやらアシュリンは、ヴィンスの出まかせを理解しているようだった。
それなのに話に付き合っているなんて――本当に優しいなお前は。
だが、この件については確証がある。
「証拠ならある」
そう言って、ヴィンスが懐からボロボの紙の束を取り出した。
辞書のような分厚さである。
「この一年、このルートを通った冒険者、探検者、勇者一行をまとめた資料だ。全員無事に抜け出し他のルートに変えた報告を受けている」
「嘘ね」
「ほう、なぜそう思う」
「いちいちこんな特殊なルートを書き留めているなんてありえないわね。王都の杜撰さは五〇〇年前から変わっていないって知ってるわ」
正論故に、耳が痛い。
「それには同意するね。こんな特殊な事例、絶対に誰も書き留めていないだろう」
「へぇ、自ら嘘だって言うのね」
「だが、この資料を作ったのは俺だ」
「だから?」
「ここを通るように指示したのも俺だ」
堂々たる宣言だった。




