4話 彼は勇者ではない。
「…………あ、ああー‼ 通行申請書ね‼ 知ってる知ってるー‼」
知らなかったんだな。
そういえばキーヴァは、通行申請書を出していなかったことを、ヴィンスは思い出した。
「魔族領に入る場合は、必ず通行申請書を出す決まりなんだよ。これがないと、国境の検問で追い返される」
「……うん? それがあるってことは正当な手続きをしたって証拠じゃないの?」
「ああ、手続きは完璧だったな。だが……ほら、ここみろ」
ヴィンスは書類の一部分を指差した。
そこに書かれていたのは―――
「申請日付……?」
キーヴァはそう呟くと、ヴィンスの言わんとしていることを理解した。
「この日付、一年前のだ‼」
「そう。つまり、アイゼンハウアーは一年前、通行許可を得るために、王都を訪れているはずなんだ」
「でも、『前情報』のことを誤解していた‼」
その通り。
アイゼンハウアーは嘘をついているのだ。
「……偽造書類の可能性があるな。誰かに作らせたのか、申請させたのか……少なくとも本人ではないな」
キーヴァは、机を叩き立ち上がった。
「じゃぁ、やっぱり偽物じゃんあんのクソ野郎‼ ぶっ飛ばして吐かせやる‼」
アイゼンハウアーの部屋に向かって走り出しそうになるキーヴァを、ヴィンスはすんでのところで止めた。
「んなことしたら、脅迫になるだろうが……」
「大丈夫‼ 脅迫するのは私だから‼」
話が通じん……。
「そうじゃなくて、書類を洗って偽造を証明すれば良いんだよ。王都から資料はいくつか運び込んでるし、日付の確認も手紙で依頼している。結果は待ってれば出て来る。殴るより早い」
「……絶対殴ったほうが早いよ」
「殴ったら俺がクビになるわ」
「そしたら、お兄ちゃんが私を養って?」
「話が繋がってねーよ」
キーヴァとヴィンスは同時に笑い出した。その様子はまるで、仲睦まじい兄妹にしか見えなかった。