1話 性格の悪い書記官はこう思いました。
「魔王が討ち取られたぞ‼」
そう叫ぶ早馬が、村々を駆け抜けて行った。
早馬が村を通り過ぎるたび、歓喜の声が上がった。
人々は抱き合い、涙を流して喜んでいた。
これで怯える必要はなくなった―――
やっと平和な世の中になる―――
人々の顔には安堵と希望に満ちた顔が広がっていた。
きっと王都に住む住民達も喜ぶだろう。
王都に早馬が着く頃には、話題は少し先に進んでいた。
「一体誰が魔王を倒したのだろうか?」
「つまり君は、誤報だと言いたいのだね?」
立派なデスクに座るその老人は、立派なひげをいじりながら、目の前に立つ青年に向かってそう言った。
「いいえ、可能性があると言っているだけです」
反論をする青年は、老人よりも遥かに年若く見える。
しかし、その態度には1つの気負いもなく、堂々としたものだった。
「ほう、可能性ね」
「何度も言いますが、このような誤報は年に数十件あります」
「はは、たった数十件か」
青年は眉をひそめ、深くため息をつきながら、かけていた眼鏡を正した。
その態度は、老人を見下しているようにも見えた。
だが、老人はなんとも思っていない様子だ。
いつものことなのかもしれない。
王都アズリン。
枢密院が置かれた建物の一角。
書記官長室にて、これは起こっている。
「少ないからってどうでもいいって言いたいんですか?」
「そんなつもりはない。話を続けてくれ」
「……その度に兵が駆り出され、聞き取りと実地調査を行っているんです。本来の仕事でもないのに、です」
「ほう」
「この前は、魔王の頭だと言って持ってこられた物を検証するために、500人の兵士がひと月駆り出されました。結果、ズェーゴ山の巨大ヤギの頭だったことが判明しましたね」
「立派に仕事を完遂してるじゃないか。良いことだ」
青年は大きな舌打ちをした。
明らかに苛立っている。
だが、老人はなんとも思っていないようだ。
本当にいつものことなのだろう。
「……ただでさえ財政は逼迫し、北部の魔王軍に割く兵士の割り当て、補給の確保、輸送のスケジュールから管理まですべてが遅れている状況なんです。こんなしょーもない案件のせいで、さらにスケジュール遅らせたくねーんですよ、エイド書記官長‼」
青年は思いっきり机を叩いた。というよりも、ほぼ殴っていた。
だが老人、もといエイドはそんなことにも動じず、立派なひげを撫でていた。
そして少し考えた後に、人差し指を立てた。
青年は呆気にとられ、指先が指す方向を見上げてみたりした。
「君がやってくれ、ヴィンス・バーン副書記官長」
「……は?」